アート

メルシャン軽井沢美術館

 大賀ホールで楽しいコンサートを聴いたあと、軽井沢に1泊。翌日は美術館巡り。「セゾン現代美術館」でマン・レイを観たあと、しなの鉄道の御代田へ出て、「メルシャン美術館」へ。

 開催中の美術展は『モリスの夢見た日々』。ウィリアム・モリスが手掛けたステンドグラス、テキスタイル、壁紙、家具の展示。室内装飾といえばいいのかな。モリスは、生活に根ざした装飾品が工業生産されるようになった初期の頃の人で、近代デザインの父と呼ばれている。ほぼ同時代のせいか(国は違うけど)、先日観たガレを思い出した。
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 ステンドグラスはバックライトフィルム(って仕組みはよくわからないのだけれど)で再現されたものだそうだ。天井の高い美術館で、テキスタイルや壁紙を気持ちよく観られる。ここはもともとウイスキーの蒸留所で、美術館もウイスキーの樽貯蔵庫を改修して造られたのだとか。

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敷地内にある、ウイスキーの蒸留所を見学した(無料)。貯蔵庫の壁に絡まる蔦が、夏は生い茂り日光を遮り、冬は葉が落ち、温度管理になるという。いまは、若葉が出てきたところ。
世界一小さい蒸留所ながら、国際コンペで賞をとっているのだそうだ。
試飲したモルトウイスキー「軽井沢17年」、クリアーでまろやかで、美味しゅうございました。

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裏庭の展望台から、浅間山がくっきり。素晴らしい眺めだ。
中庭はちょうど桜が満開で、こぶし、小手毬などの花々も一斉に咲いていた。白樺やから松の緑もまぶしく、しばらくベンチに腰掛けてゆったりとした時間を過ごした。

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ガレとジャポニズム

 サントリー美術館『ガレとジャポニズム』に行った(5月11日まで。巡回・大阪 サントリーミュージアム<天保山>5月22日~7月13日)。

 ガレを体系的に観たのは、2005年に江戸東京博物館で行われた『エミール・ガレ展』。その人と作品の歴史に沿った展示会だった。
 今回のサントリーの展示は、ジャポニズムに焦点をあてたもの。参考作品として、「北斎漫画」や広重、宗達などの作品も展示されている。鯉やカエルのモチーフなんて、北斎漫画そのままだ。

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花器《バッタ》1878年頃

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花器《茄子》エミール・ガレ 1900年頃

 サントリー美術館蔵の作品も多く、その多くが(菊地コレクション)という。菊地さんって、どなた? 19世紀に海外に出た日本美術が、ヨーロッパの作家に影響を与え、その作品をまた日本のコレクターが収集する。さながら、合わせ鏡に写し出された日本美術、といったところか。

 ジャポニズムも面白かったが、照明が作品の魅力を引き出していて、一つ一つの作品を眺めるだけでも満足。サントリー美術館は照明のあて方が、素敵。

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モディリアーニ展

 国立新美術館の『モディリアーニ展』を観た(6月9日まで。巡回・大阪 国立国際美術館 7月1日~9月15日)。

 細面の顔、長い首、アーモンド型の目の肖像画を得意とする、エコールド・パリを代表する画家。展覧会のフランス語の題名が、Modiliani et le Primitivismedeで、--原始美術の影響を色濃く示す初期の<カリアティット>の作品群から独自の洋式を確立した肖像画にいたるまで、幅広い作品を紹介し、プリミティヴィスム(原始主義)に根ざしたモディリアーニの芸術がいかなる変遷をとげたのかを探ります。--とのこと。
 プリミティヴィスム(原始主義)って、19世紀末に流行っていたんですよね、たしか。モディリアーニは1884-1920年の人だから、時期的にはちょうどその頃というわけか。

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<カリアティッド>1914年
 思わず、その白い肌に触れてみたくなる。ギリシャ神殿の柱の彫刻「カリアティッド」はプリミティヴィスムの影響を受けているそうだ。カルアティッドの作品群は、そのモチーフの印象なのか、彼自身の取り組みがそういう時期だったのか、エネルギッシュな印象を受けた。
 もともとモディリアーニは彫刻家を目指していたが、持病の結核のために体力がなく、彫刻を断念したのだとか。観てみたかったな、彼の彫刻。展示されている約150点の作品は、油彩、スケッチあれど、すべて絵画。
 
 そして、カリアティッドの作品群はあるものの、基本は肖像画。体系的にモディリアーニを知る上では面白い展覧会だが、後半の展示は、細い首を傾げた人物たちばかりが並んでいて、ちょっと息が詰まった。去年観た『モーリス・ユトリロ展-モンマルトルの詩情-』を思い出してしまった。息抜きに違うモチーフがほしいといっても、ない物ねだりなんだろうけどね。

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<赤毛の若い娘(ジャンヌ・エピュテルヌ)>1918年。
 これは好き。まなざしに意思がある表情だから。モデルはジャンヌと言われているが、瞳の色が違うそうだ。

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フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの小書斎 ・ストゥディオーロ

『東山魁夷展』を観た後、新緑が瑞々しい北の丸公園を散歩しながら千鳥ヶ淵のイタリア文化会館へ。ロビーで行われている『フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの小書斎 ・ストゥディオーロ』を観た。3月の下旬、千鳥ヶ淵にお花見に来たときに前を通ったら、玄関の柱に、鷲鼻の男性と、たぶん彼の妻なのではないかと思われる女性の肖像があって、「なんのイベントだろう?」と思ったのだった。
 その日は寄らなかったけど、なんだか気になって、イタリア文化会館のサイトを観たら、ウルビーノ公国の君主、フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公(1422-1482)がグッビオのドゥカーレ宮殿の中に造らせたストゥディオーロ(小書斎)の複製を展示してあるという。それは、見逃したら後悔する!というわけで、ギリギリセーフで観た(20日まで)。
http://www.iictokyo.esteri.it/IIC_Tokyo/webform/SchedaEvento.aspx?id=249

 ストゥディオーロの壁は、遠近法を用いただまし絵の寄木細工。描かれているものは、剣や屋鎧の武具、太鼓やリュート、ハープ、オルガンなどの楽器、書物、書見台、球体のオブジェや分度器、コンパス等、ルネサンスの文化とはこういうものか、と感動。ちなみにイタリア文化会館玄関の柱の肖像画の男性がフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公で、女性は奥方。
 
 イタリアの地元の職人達が5年以上の歳月をかけて、複製を完成させたのだそうだ。世界初公開って、イタリアの人より、日本人が先に観せてもらって申し訳ない。
 国立西洋美術館の『ウルビーノのヴィーナス』と連動したイベントだったようだ。美術のお勉強的には重要なんだろうけど、ヴィーナス(裸婦)あんまり興味ないしなあ、と思っていて、まだ観ていなかったのだけれど…。行ってみたら、このストゥディオーロのようにルネサンスを目の当たりにできるかしら?
 
 

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生誕100年 東山魁夷展

 国立近代美術館の『生誕100年 東山魁夷展』 に行った。

 

 東山魁夷は90歳まで生きた人で、作品数も多い。主に自然を描く人で、「道」とか「緑響く」に代表される、緑や青色のイメージが強い。唐招提寺の襖絵を描いた人。そんな予備知識だった。

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「冬華」
北欧を旅したときの風景を描いたもので、樹の上で輝くものは、月ではなく太陽なのだとか。インターネットに載せると、なんとなく青味と赤味を帯びるが、もっと白黒の濃淡で、きりりとした冷たい空気が感じられたのだけれど。


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「窓」
自然をモチーフにした作品が多いと思っていたが、建物や窓の風景も多いのだそうだ。
ヨーロッパの町並なので洋風のイメージを受けるんだろうが、日本画と西洋美術の違いってどこにあるのだろうと思う。画材の違い以外、互いに良い意味でなんでも有りなのかな。すみませんね、素人の疑問で。

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「行く秋」
緑の自然もいいけれど、これも美しい。この落ち葉の上を歩くとき、足裏に伝わる感触まで見えてきそうな1枚。

 惜しいのは、スペースが狭いこと。東山魁夷の絵は、大きい作品が多いし、今回は出展数も多い。後ろにさがって観たいと思うと、向かいの展示を鑑賞している人の邪魔になってしまう。人気の画家だから会期中盤の平日でもけっこう混んでいる。近代美術館には悪いけれど、六本木の国立新美術館でゆったり観たかったなあ。

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国宝 薬師寺展

 東京国立博物館「平城遷都1300年記念 国宝薬師寺展」(6月8日まで)、大興奮、大感動である。

 聖観音菩薩立像、慈恩大師像、八幡三神坐像、吉祥天像と国宝が惜しみなく展示されているのも素晴らしいが、展示の仕方もまた素晴らしい。今回は彫刻の周りを回って360度、全方向から眺められる。

 特に、日光・月光菩薩立像(国宝)に、釘付けになってしまった。スロープを上がっていくと向かって左に月光菩薩が見えて来て、右手に日光菩薩。やや高いところから正面の全体のお姿を眺めて、そこから下って、見上げるように二尊の周りを回る。
子どもの頃お詣りして好きだなと思ったのだが、こんな至近距離から拝見できるなんて。奈良の薬師寺に奉られているときは背中に金色に光り輝く光背があるし、正面からだってこんなに近づけないもの。

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月光菩薩

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日光菩薩 

 こんなことを言うのは不謹慎なのかもしれないが、ちょっと腰を傾けたポーズといい、手指の表情といい、肌の色艶といい、惚れ惚れするほどセクシーな、お姿だ(私、仏教への信仰心は希薄なのだが、二尊を敬う気持ちはある)。若干日光菩薩のほうがふくよかだ。あまりに美しいので、ずっと眺めていたい。この幸福感をどう表現したらいいのだろう。これが、信仰心に繋がっていくものなの?

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展覧会のトリを飾る「吉祥天画像」。思っていたより小さい絵だったが、これも至近距離で細部まで見られた。

 他にも重文クラスのものもたくさんあって、こんなに持ってきちゃったら奈良の薬師寺さん、寂しくないかなあと心配してしまうが、東博で薬師寺展を開いてくださり、ありがとうございます。
 会場を一回りした後、名残惜しくて日光菩薩、月光菩薩を、もう一度拝見した。
 
 この展覧会、また行きたい。また、二尊にお会いしたい。

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博物館でお花見を

 「博物館でお花見を」というコピーに誘われて、東京国立博物館でお花見!
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 4月6日まで庭園開放と、本館(平常展)で桜にちなんだ作品を展示している(春の庭園開放は4月20日まで)。東博の庭園、一度入ってみたかったんだ。写真のお茶室は春草蘆(シュンソウロ)、江戸時代、河村瑞賢が摂津淀川改修工事の際に建てた休憩所だそうだ。その後大阪、横浜の三渓園、埼玉県所沢市にある柳瀬荘と転々と移築され、昭和34年にここに移されたのだとか。アチコチ旅して、いやー、ご苦労様でした。

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 大賑わいの上野公園から道路一本隔てて、庭園の趣を楽しむ大人の花見。ヤマザクラ、オオシマサクラ、カンザン、ロトウザクラ、ミカドヨシノ等々、それぞれに風情がある。本館や平成館の窓から、舞う花びらを眺めるのもステキ。
 前庭の桜も美しく、普段は行かない表慶館の裏手や黒門の方まで散歩をしたら、もう柳が芽吹いていて、新緑がまぶしかった。

 本館の展示は、とくに桜をあしらった作品にサクラマークがついている。
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国宝室は狩野長信「花下蓬莱図屏風」(部分)
 他に、勝川春潮の「飛鳥山花見」とか、歌川国貞「北廓月の夜桜」等々32点。刀の鍔(ツバ)「枝桜透鍔」は、超モダン。刀の鍔(ツバ)に桜?と思ったが、刀もサクラも武士の魂でしたね。

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 サクラマークではないけれど、順路の最初にあった「伝源頼朝坐像(でんみなもとのよりともざぞう)」 。横から見るとお腹が少々でているけど、正面からは実にシャープな姿。

 

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「千鳥ヶ淵」でお花見

 今年は、桜の開花宣言が出たと思ったら一気に満開。見頃を外したらもったいないので、週末の28日、千鳥ヶ淵に行く。 まずは、山種美術館の「桜さくらサクラ  2008」へ。
 
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石田武「千鳥ヶ淵」。山種美術館にちなんで描いたのだろう、美しい作品。山種では毎年この時期に「桜さくらサクラ」と題した展覧会を開催している。花見の名所ならでは。
 
 桜の遊歩道に出て、満開のアーチの下をそぞろ歩きながら、ときどきお堀の向こうの桜も愛でたり。なんでこんなに桜に浮かれるのかなあ。浮かれるといっても、桜の下の宴会は一度もやったことはないのだが、でも毎年ウキウキするのよね。きっと、DNAに桜の花の”彫り物”があるんだわ、と考えた。
 こうやってのんびり春が迎えられたことが、幸せ。

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運慶の大日如来像

 今日は「明日の神話」の他にも美術のニュースが。

 運慶の作とみられる「大日如来像」が、ニューヨークのオークションで、約14億円で、三越に落札されたそうだ。
http://www.asahi.com/culture/update/0319/TKY200803190004.html

三越というから、三井記念美術館ででもお目にかかれるのかと思ったら、”顧客の代行”だそうで、個人か団体かもあかせないって。是非公開してくだされ!

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明日の神話

 岡本太郎の巨大壁画「明日の神話」の恒久設置場所が、渋谷駅のJR線と京王井の頭線の間の連絡通路に決まったそうだ。よかった、よかった。
http://www.taro-okamoto.or.jp/asunoshinwa.html

私の行動範囲でもある。展示されたら迫力あるだろうなあ。
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1日30万人が行き交う場所なのだとか。あそこなら、老若男女、アートに興味がない人にも、日頃「原爆」にピンと来ない人にも、日本人だけじゃなく世界各国の人たちにも、観てもらえる。唯一の被爆国の首都である東京に、原爆を意識する場所があってしかるべきだと思うのだ。
 

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ムートン・ロスシルド ワインラベル原画展

森アーツギャラリーセンターで『ムートン・ロスシルド ワインラベル原画展 ~ピカソ、シャガール、ウォーホル~』を観た。

 その前に、馴染みのレストランでゆっくりランチ。ワインももちろん、飲む。ランチなのでグラスにしましたが。
 ワイン、大好き。好みはハッキリしている。でも、銘柄は詳しく覚えていない。
 はじめて行くレストランだったら、前に飲んで美味しかったワインのエチケットを持っていって相談したり、予算のページのワインリストを見ながら、好みの味を話して選ぶ。このとき話しが弾めば、相性が良いレストランだ。
 馴染みのレストランならこちらの予算と好みをすでにわかっているから(いつもと違うときは予約の電話で伝えて)、ソムリエがあらかじめ用意してくれているもののなかから、お料理に合わせて選ぶ。
 いずれにしてもソムリエに相談するのがベストチョイス。お勧めの中にはサプライズもあって、楽しい。
 
 その銘柄を覚えられない私でも、さすがにシャトー・ムートンの名は”知識”として知っている(でも残念ながらロスシルドは飲んだことありませんが)。印象深いのはあのエチケット。

 というわけで、「ムートン・ロスシルド ワインラベル原画展 」。我ながらミーハーですが。そうか日本では、アサヒビールが輸入元なのね、と思いつつ。なんかイメージ違うなあ。 ピカソ、シャガール、ウォーホルとあるが、カディンスキーとか、ローラサン、キース・ヘリングなどもあって、気に入ったのは58年のダリの羊。会場の途中にボトルのタワーが展示されていて、原画とは又違うエチケットの表情を楽しめた。美味しいワインとアートの融合。贅沢でした。
 でもなんでこの展覧会、「エチケット」じゃなくて、「ワインラベル」ってタイトルに使っているんでしょうね? フランスワインならやっぱりエチケットでしょう?


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北斎の「冨嶽三十六景」

 日本橋の三越本店、三越ギャラリーで行われている「北斎 富士を描く展 冨嶽三十六景と冨嶽百景」に行ってきた(2月19日~3月2日)。

 「神奈川沖浪裏」や「凱風快晴(赤富士)」はお馴染みだし、何点かずつは目にしたことがあるのだが、全作品揃って観る機会がなかった冨嶽三十六景。この展覧会では、冨嶽三十六景全作品と、半紙本『冨嶽百景』(三冊)を一挙公開だそうで、名所絵が好きな私にとっては、「是非とも行かねば!」だったのだ。
  
 1月に江戸東京博物館で観た「北斎-ヨーロッパを魅了した江戸の絵師-」展とは、どうも相性が悪かったのだが、今回はバッチリ。好きな”富嶽”に絞られていて、解説もシンプルだし、お客さんの入りも多からず少なからずで楽しめた。デパートのギャラリーだからといって、あなどるなかれ。
 昨年山形美術館で展示された企画で、東京、滋賀(佐川美術館08年7月19日~8月24日)、名古屋(松坂屋美術館08年10月25日~11月16日)と巡回予定。

 「冨嶽三十六景」は、実際には三十六景+十景+変わり刷り四図の50点。「富嶽百景」は図版を一つ一つ額装した102点に、初編、二編、三編の原本の155点。三十六景と百景はそれぞれ別のコレクターだそうだが、快く観せてくれて、ありがとう。嬉しいのなんの。

「三十六景」は裏打ちや洗浄、紙継ぎなどの補修跡がほとんどないのだとか!

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<神奈川県沖裏>
よく見ると右下の端に朱色の印があるのだが、林忠正という明治初期にパリで活躍したの画商の印だそうだ。”ジャポニズム”を紹介した人といえばいいのかな。この一枚も海外流出組だった?

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<尾州不二見原>
改まった晴れの場面ばかりではなく、こうやって日常の仕事の桶の中に富士山が見えるっていうのがいいねぇ。
この桶職人のオジサンは「今日も富士が拝めて縁起がいいや」なんて振り返ったりするんだろうか。
所は尾張の国らしいが、東海・関東の人にとっては富士山はありがたい山で日本のシンボルみたいなもの。でも、日常の風景でもあり親しみもある。その意識は、超高層ビルが建って富士山を見る機会が減った現在の東京でもそんなに変わらないが、東海・関東以外の人にとっては、富士山ってどんな存在なんだろう。

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<甲州三島越>
松の巨木が、近くに見える富士山を二つに割っちゃってますが。変わり刷りがあった作品。朱系の茶色や緑が入ると、また趣が全然違う。

 赤い山肌を、冨士講の人たちが登っていく<諸人登山>は、はじめて見た。富士を眺めるのではなく、三十六景(四十六景)中、唯一富士山中の風景だとか。私は眺める富士のほうがいいなあ。

 『富士百景』は墨刷りで地味ながら、素晴らしい保存状態で堪能。百景といいながら百二景で、なんでキリの良い百にしなかったのかなと思いながら観た最後の一枚、<大尾一筆の不二>。一筆でシンプルに、かつ雄大で。
「三十六景」から続く富士の連作、北斎も満足のいくものだったのだろう。

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ロートレック展 パリ・美しき時代を生きて

 サントリー美術館で開催されている「ロートレック展 パリ・美しき時代を生きて」(3月9日まで)に行った。
 
  オルセー美術館のコレクションから7点の油彩画と16点の素描が出品されたのと、晩年の作品をクローズアップしているのが展示の特色。

 面白かったのは、ダンスホールやカフェを描いた作品の、モデルとなった芸人たちが実際にどんな人たちだったかわかったこと。スカートを翻すダンスで人気だった「ロイ・ファラー嬢」や、人気歌手のイヴェット・ギルベールなどの資料がたくさん。ロイ・ファラー嬢のスカートの動きは決して誇張ではなく、本物のイヴェット・ギルベールは意外と美人だった。あんなふうに描かれては、スターのギルベールは怒るだろう。せっかく隠しておいた舞台裏を描いちゃって。でも、「イヴェット・ギルベール、ポスターの原案」は好き。しばらくポスターを部屋に飾っていたことがある。

 ギルベールには意地悪だったロートレックの視線も、娼婦たちには優しい。 
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「赤毛女の<身づくろい>」
 身づくろいといいながら、手を止めて溜息でもついているんだろうか。美しい赤毛を引き立てる薄い青が、寂しげな雰囲気を醸し出している。

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「ひとり」も大好きな作品。疲れ果てて、ぐったりとベッドに身体を沈めているけれど、右脚の腿に乗せた手が、自分自身の温もりや呼吸を感じているはず。悲しいとか、気怠いとか、そんな一言では言い表せない、生きることのやりきれなさと、まだ生きていることの安堵感と…。彼女の姿はロートレックの心情と、鏡合わせなんじゃないだろうか。彼女の身体の薄さが、なんとも言えない。

 いい構成の美術展だったが、会場の区切り方が悪くて、人が溜まってしまうところがある。たとえば、<
最晩年の日々の解説パネルの掲示場所が悪くて人の流れを邪魔している。ロートレックに広い会場は似合わないと思ったのだろうけれど。

 キャッチが「六本木ムーランルージュ」。たしかに六本木という街は歓楽街ではあるけれど、サントリー美術館ならびに東京ミッドタウンというところはたいへんお行儀がよろしく、ロートレックが好んで出入りするだろうか。

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ルノワール+ルノワール

Bunkamuraザ・ミュージアムの「ルノワール+ルノワール展」(5月6日まで)。

 印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールと、次男で映画監督のジャン・ルノワールの日本初共演だそうだ。父の絵画をべースに、父の影響を受けた息子の映画シーンをスクリーンに映して見せる趣向。この企画は一昨年のパリ、シネマ テーク フランセーズで開催され好評を博し、ルノワール監督の映画の再ブームを起こしたのだとか。
 日本人にとっても父のルノワールは馴染み深い印象派の画家。では息子のルノワールはどうだろう?と思ったものの、映画に疎い私でも、聞いたことがある題名がずらり、見たことがあるシーンもあって、ああ、この映画の監督が、ルノワールの息子だったのね、と再認識する次第。

 同じBunkamuraのル・シネマではルノワール監督の映画が上映されている(ルノワール+ルノワール展開催記念「ジャンルノワール 映画の世界」。会場は他に東京日仏学院、東京国立近代美術館フィルムセンター)。なるほど、この手があったんですね。Bunkamuraは芸術の複合施設だから、絵画と映画を連動させるのは、わけない話で。

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「ガブリエルとジャン」 
 ガブリエルはオーギュストの妻(ジャンの母)アリーヌ・シャリゴの従姉妹に当たる人で、ジャンの子守役だった。ジャンはオーギュストが53歳のときの子どもで、兄で俳優のピエールとは9歳違い。陶芸家の弟クロードとは7つ違い。弟はもちろん、彼も、兄も、父からすれば年を取ってからの子どもで、もうすでに父は著名な画家だった。そんな父から影響を受けないわけはない。オーギュストは、子どもが生まれてから家族の肖像をよく描くようになったという。東京都美術館で観た「アリーヌ・シャリゴの肖像」も、この展覧会で観られる。長男出産の後だとか。年が離れた妻も子どもも愛おしく、大切だったのだろうな。

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「田舎のダンス」。モデルの女性は、婚約中のアリーヌ・シャリゴ。
 肝心の父と子の作品の共演というテーマはさておき、実は、今回の展覧会でとくに観たかった作品。子どもの頃、家族と行った「ルノワール展」で観た記憶がある。たしか「都会のダンス」と並んでいたのだ。どこの美術館だったのかも忘れてしまったのだが、この「田舎のダンス」は鮮明に覚えている。「女の人の表情がとっても楽しそうだったから」というのは少々後付の理由のような気もするが、一番最初の”大人”の美術展の記憶で、印象に残った作品だった。10歳ぐらいだったのかなあ。
 
 というわけで個人的な家族の想い出も蘇って、私にとっては楽しい美術展だった。この日は予定があわなくてル・シネマに行けなかったが、美術展の出口に立つ頃にはルノワール監督の映画が観たくなっていた。

 

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顔魂~KAODAMA~

 森アーツセンターギャラリーで開催されている『顔魂~KAODAMA~ 石井竜也展覧会/TATUYA ISHII EXHIBITION 2008』に行ってきた。

 3年前(?)「国境なきアーティストたち」の活動家・エクトル・シエラ氏から絵付け前の達磨を手渡されたことから「顔魂」の制作がはじまったのだとか。
 石井竜也は、それ以前から「顔」に興味を持っていたんだと思う。米米クラブのジェームス小野田のメイクが、そうだろう。人の顔にアートを描けば小野田のメイク、オブジェにすれば「顔魂」というわけだ。ファンにとっては、唐突に出てきたものではなく、ずっと繋がっていると理解する。

  森アーツセンターギャラリーには、約70点の「顔魂」が展示されていて、壮観。太陽のような顔、人間を思わせる顔、猪や鳥を思わせる顔、穏やかな仏像のような顔と様々。土着の、というか原始的宗教のイメージもある。
 中には薬師寺に奉納された作品もあって、その縁なのか(薬師寺でコンサートをしてるし)、4月11日に行われる「国宝 薬師寺展 開催記念トークショー」に、石井が出演するそうだ。

 ひとつひとつの作品の表情もさることながら、纏まって展示されることでのパワーを感じ、繋がっていくことを意識した作品展だった。

 

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北斎漫画

 江戸東京博物館で催されていた『北斎-ヨーロッパを魅了した江戸の絵師-』(1月27日終了)を観たついでによった、『北斎漫画』展(江戸東京博物館常設展示室。2月11日まで)が、思いがけず楽しめた。
 
 「北斎漫画」は、版元の永楽屋東四郎より刊行した画集で、全15編。一編目は55歳のとき、60歳のときの10編で一応完結したものの、13、14、15編はなんと没後に刊行されたという。60年以上に渡る、人気作品だったのね。
 漫画というと、なんとなくユーモラスなイメージを抱くが、 人物画、動植物、風俗、建物、妖怪と、いろんな図柄があるから「漫画」だそうで。言われてみれば、なるほど精密な植物画やことわざを題材にした教訓的な絵もたくさんあるが、ユーモラスな面相や、太った人、痩せた人なんていうユーモラスでヘンテコな図のほうに目がいく。教養人や絵を習う人はいざ知らず、当時の庶民には、こういうほうが受けたんじゃないかなあ。

いっぱいあって、ひとつひとつ丁寧に観ていると目が回りそうだ。ふと、近所のお蕎麦屋さんの壁にある絵は、もしや「北斎漫画」の一つなのでは?と思いあたった。数ある図の中から、同じ仕草は探し出せなかったのだけれど…。

 版元の永楽屋の名が入っているものや、『冨嶽百景』の裏側に彫った版木も展示されていた。展示されている図版は、これらの版木から摺りなおされたものなのだそうだ。再利用とは、倹約しましたね。さしずめ江戸のエコライフ?

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やっぱりおかしい「北斎漫画」。こういうの必ずやってみるヤツって、いまでもいるよね。とくに小学生男子!


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横山大観「生々流転」と「焚火」「夜桜」

国立新美術館の『没後50年 横山大観―新たなる伝説へ』に行った。

 ほぼ制作年代順に展示されていて、「代表作 ずらり。」という通り、これもあれも教科書(?)で観た作品ばかり。見応えのある大観展だが、中でも今回の目玉は40メートル(全編)の「生々流転」だろう。広い会場なので混雑もそんなに気にならずに観ていたのが、絵巻物の「生々流転」の前に来ると、会場整理のお兄さんが呼びかけても、人がまったく流れず…。
 「生々流転」の展示の横の壁にあった、作品の見どころを解説したパネルを読んで予備知識を得ながら、比較的空くのを待つ。このパネルがまたえらくあっさりしたパネルで、すぐ読み終わっちゃうのだ。解説しすぎるよりいいけれど。

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「生々流転」(部分)
 生々流転という言葉は「万物は永遠に生死を繰り返し、絶えず移り変わってゆくこと」(広辞苑)で、この絵は一滴の雫がやがて川となり大海に注ぎ、最後は龍となって天に昇る、水の一生でそれを表現しているのだそうだ。なんで水が龍になるんだろうと思うが(仏教になにか故事があるのか?)、最後に黒い雲の中に龍が現れるのだ。「ほほう」と思って観ていたら、オジサン二人組が、覗き込みながら「龍、どこかわからないね」と話している。そりゃあ、せっかくだから教えて差し上げようと思ったら、もういない。すごい早足で通り過ぎてしまったのね。それじゃあ龍も見えないだろう。人混みに疲れてしまったのかしらん?

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 ちょっとユーモラスで好きだった「焚火」。
三幅の掛け軸。焚火をしているのは、寒山、拾得。唐の僧だが、寒山は文殊菩薩の、拾得は普賢菩薩の化身とも言われるそうで、文殊、普賢に例えられるとはよほど賢かったのだろう。変わったお坊さんだったらしいが…。なんだか笑っているようにも見えるが、二人で何を話しているのか。よくみると拾得(?)は裸足。

そして昨年大倉集古館で観た「夜桜」の屏風。今回はこれまた色鮮やかな「紅葉」と並べて展示されていて、豪華絢爛とはこのことだ。並べることによって生まれるインパクトを楽しんだ。
 「秋色」は、その影響が理解できるように尾形光琳の「槇楓図」と並んでいる。富士を描いた絵も多数。一緒に行った人が「大観といえば富士山」と言っていたが、言い得て妙だ。新鮮な富士山と、手慣れた感じの富士山と。

 3月3日までの期間中入れ替えがあって、「焚火」も、「夜桜」「紅葉」も11日まで。
しかし、「新たなる伝説」って、なあに?
 

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等伯の松林図屏風

 お正月に東京国立博物館平成館の「宮廷のみやび」展を観た後、本館にも寄った。お正月の国立博物館は、なんてたって「博物館に初もうで」という素晴らしいキャッチコピー。
 新春特別展示「子年に長寿を祝う」は、子年にちなんだ展示。「鼠草紙」は、サントリー美術館の「鳥獣戯画がやってきた!」にも出展されていたなあと思いつつ、早足で回って、お目当ては国宝室。

 長谷川等伯の、国宝「松林図屏風」。(リンクした国立博物館のサイトで画像をご覧ください)

 国立博物館の解説は--草稿ともいわれるが,靄に包まれて見え隠れする松林のなにげない風情を,粗速の筆で大胆に描きながら,観る者にとって禅の境地とも、わびの境地とも受けとれる閑静で奥深い表現をなし得た。--とあるが、なにげない風情にはとうてい見えない。禅の境地?悟りきってはいない感じ。前方の松葉の描き方なんて、力強いとか、迷いがないというより、荒々しく、怒りをぶつけているようだ。
 ここは、丘陵地の松林なのか? 霧(靄)がでているけれど、奥深い山にしては、松の並びに起伏がないし…。

 淋しげで、お正月に飾る、いわゆるおめでたい松の絵ではないなあ、なんて思いながら観ていた。
 
  一昨日(1月27日)のNHK「新・日曜美術館」でこの絵が取り上げられていた。
 狩野派との対立。狩野派の陰謀だという噂もあるという、跡継ぎの長男・久蔵の死後に描かれたというナレーションに、そうか、だからかと、合点がいった。「わび」の境地ではない。静寂の中に怒りが込められている、と思っていいよね。

 パティシエの辻口博啓さんにとっての「この一枚」。これは、海から見た能登の海岸の松林だと言う辻口さんが、番組で、実際に舟に乗って観るのだが、まさにその風景だった。これには驚いた。
 能登(石川県七尾市)の出身で、長谷川等伯と同郷なのだそうだ。都で成功することを心に誓い七尾から水路を使い京に上った等伯が、そのときに観た風景だろうと、辻口さんは推理する。長男を亡くした後に、原点回帰の意味を込めて描かれたと。
 
 この絵から秘められた決意みたいなものは感じなかったが、辻口さんが語る熱い物語のほうが、国立博物館の解説より、私の受けた印象に近い。
 その時々の心の持ちようによっても、絵の印象は変わる。この「松林図屏風」のように、制作経緯などに不明な点が多い作品なら、なおさら。次回、「松林図屏風」に再会するとき、私はどんな印象を持つだろう。それも、また、楽しみ。

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国宝 雪松図と近世絵画

 三井記念美術館のサイトに--「お正月は、「国宝 雪松図」で始まります。凛と立つ松と、光を浴びて輝く雪の結晶、冴え渡った空気とが、とりわけこの時期にはあらたまった気分を呼び起こします。当館では、この円山応挙の最高傑作を鑑賞することが、新春の日本橋の風物詩となるよう、毎年「雪松図」を中心とした展覧会を定例化しておりますが、今回は第2回目となります」--とあって、あれぇ、去年は見逃していたのだ。今年の会期も、1月31日まで。これは行かねば!

 入館時間が16時30分のところ、16時20分にチケットを買う。「当館17時までですが、よろしいですか」というご案内。そういえば前に来たときも閉館ギリギリで、そう言われたような気がする。でもいいのだ、今日は「雪松図」一点狙いだから。

 一点狙いとはいえ、「三井」に来たのだもの。まずはこれから。

「駿河町越後屋正月風景図」鳥居清長
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そして、目当ての「国宝 雪松図屏風」(右隻)円山応挙
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 展示されている第四展示室に入ろうとする時点で、正面奥から気品溢れる存在感か伝わってくる。例によって、近くで観て、遠くから眺めて、行ったり来たり。右隻は力強い老木、左隻は柔らかい曲線の若木。--凛と立つ松と、光を浴びて輝く雪の結晶、冴え渡った空気--都は、まさにその通りで、枝に積もった雪が落ちる音まで聞こえてきそうだ。どこか優しい印象を受けるのは、光、金泥の使い方?
 
大作の屏風絵のあとは、可愛く、ちょっとユーモラスな作品で心和む。
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 「東都手遊図」源琦
 北三井家六代高祐が、27歳離れた弟の誕生祝いに注文したものだそうだ。

最後の展示室「特集陳列 初公開・松坂三井家新規寄託品展」の中に、酒井抱一の仏画が。
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今年に入って行った『宮廷のみやび』でも『王朝の恋』でも、抱一の屏風を気に入っていたのだけど、この人の仏画は見たことあったかな? もともと「仏画はねえ(あんまり興味がない)」の私だから、「ふーん、こういう観音様を描くんだぁ(やっぱり屏風絵のほうがステキ)」と思って観ていたら、隣にいたおじいさんが「抱一にしては力がない。なんか違う」とつぶやいていた。観る人が観ると、そうなんですね、やっぱり。
 河鍋暁斎の「観音像」のほうが動きがあって、実にカッコイイ。行動派の観音様!

 絵画に集中したら時間に余裕があったので、もう一度 「国宝 雪松図屏風」を観て、帰った。 

 

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王朝の恋 描かれた伊勢物語

 出光美術館『王朝の恋 -描かれた伊勢物語-』を観た(2月17日まで)。

 お正月からバレンタインディの時期にかけての企画が『王朝の恋』とは、考えましたな、出光美術館!

 平安時代の恋愛短編集物語(歌つき)だが、江戸時代に流行して、「伊勢物語」を題材にした絵画も盛んに描かれたのだとか。そのせいか、展示作品のほとんどが江戸時代のもの。俵屋宗達(工房、伝を含む)の「伊勢物語図色紙」をはじめ、琳派の作品が多い。

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俵屋宗達「伊勢物語図色紙 大淀」

 なぜ「伊勢物語」と呼ばれるのか諸説あるようだが、男(在原業平)と伊勢神宮の斎宮(神にお仕えする、未婚の皇女)が恋に堕ちる話があって、そこから「伊勢物語」と呼ばれるという説がある。大淀は、兼平が伊勢から旅立った港の名。
 これは実話なんだそうだ。神に仕える斎宮は、人間の男となんか契ってはいけないので、当時の大スキャンダルだったとか。つまり、インパクトが強い段(話)から書名を付けた? 
 「伊勢物語」は、兼平の話が多く、藤原高子との恋愛(芥川)も伝えられているが、アブナイ恋に燃える人だったんでしょうね。
 
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「兼平東下り図」 鈴木守一 
 高子との駆け落ちに失敗した兼平が、京に居にくくなって旅に出るのが「東下り」。平安時代の人にとっては東に”下った”のでしょうけれど、下らないと富士山は観られないのですよ。江戸時代の江戸っ子の間では富士講も流行って、富士信仰が浸透していたらしいから、この画題は人気があったんだろうなあ。

「東下り」の「八ツ橋」にちなんで、酒井抱一の「八ツ橋図屏風(右隻)」。
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 「伊勢物語絵巻」(鎌倉時代 泉市久保惣記念美術館蔵・重要文化財)は2月5日から17日までの特別展。観たいなあ。また行けるかなぁ。


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土門拳写真展 日本のこころ

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 武蔵野市立吉祥寺美術館で、土門拳の写真展をやっている(12月16日~2月11日)。日頃あまり写真展を観ない私でも、土門拳の名前は知っていたので行ってみた。

 私が行ったのは後期になってからで、いわゆる有名文化人を撮った「風貌」、「古寺巡礼」、「筑豊のこどもたち」「こどもたち 傑作選」「傑作選(二)」「女優と文化財」と、テーマが盛りだくさん。前期・後期に分けてもこうなってしまうなら、活動のすべてを一気に紹介するんじゃなくて、テーマをもう少し絞って、また来年は別のテーマの展示を、というわけにはいかなかったのかな?

 心惹かれたのは、「古寺巡礼」の作品群。作品が大きくて、迫ってくる力強さを感じる反面、写真の仏像たちに囲まれて気持ちが落ち着くような。千手観音の手、菩薩の顔…。もう少し空間がゆったりしていたら、自分自身と対峙できたかもしれない。

 チケットに使われているのは「こどもたち」。傑作選の中では「帆かけ舟」。雑誌のグラビアページだったという「女優と文化財」はご愛敬だが、浜美枝の美しさが飛び抜けて今日的であることに、感心する。

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陽明文庫創立70周年記念特別展 宮廷のみやび 近衞家1000年の名宝

 東京国立博物館平成館で『陽明文庫創立70周年記念特別展 宮廷のみやび 近衞家1000年の名宝』を観た。お正月にふさわしく日本の歴史を恭しく拝見。
 書が多いからよけいそういう印象を持つのかもしれないが、豪華絢爛ではなく、あくまで上品に華やいで、という印象で、やっぱり武家じゃなく、お公家さんなのね。
 この展覧会、「見たことがありますか? 道長自筆の日記。」というコピーで宣伝されていて、その国宝「御堂関白記」は順路のかなり早い段階でお目にかかれる。でも、見ても、読めない哀しさよ。解説に従って見て、「そうなんだあ」と思うのが関の山。
国宝 「倭漢抄 下巻」は見ているだけでも美しいが…。
 
 しかし歴史的資料としても有名なものばかり。平安時代の書をこんなによい状態で閲覧できるなんて、なんて素晴らしいんでしょう!と感心しているうちに、以前NHKの『プロフェッショナル』で見た、文化財修理技術者の鈴木裕さんの仕事を思い出した。

数々の表具裂、官服裂も見どころのひとつ。
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官服裂 紺地龍八宝鶴鹿模様 中国・清時代のもの。

 覚えたのは21代当主、家熙の名前。博学だったそうな。書画の才能もあり、多くの作品を残している。10歳のときに描いたという「鍾馗図」がユーモラスで、どんな方だったのだろうと思いを巡らせた。
 
 御所人形や雛道具も愛らしかったが、「四季花鳥図屏風」に惹かれた。
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 四季花鳥図屏風(右) 酒井抱一
  
 2月24日(日)まで。

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ムンク展

 西洋美術館で行われている『ムンク展』に行ってきた。私の周りは、『フィラデルフィア美術館展』や「牛乳を注ぐ女」は観たけど、「ムンク展はいいや」という人が多い。実は私も、ムンクといえば「叫び」と「不安」という先入観があったのだが、リニューアルした出光美術館で、ルオーとムンクの併設展示コーナーを観たとき以来、「そういえばムンクをちゃんと観たことないなあ」と思っていたのだった。

 「ちゃんと」というのは、その人の作品を数多くとか、体系だって、という意味なのだが、1993年に「ムンク展」を開催した縁でオスロ市立ムンク美術館から年に3枚借り受けているそうなのだけれど、日本美術に強い出光美術館でムンクっていうのも、私にとっては意外だったので、その時のインパクトが強かったのかもしれない。自画像もいいなと思った。

 なので、その後、こんなに早く「ちゃんと」観る機会があるなら、「行かねば!」なのだった。
  
 西洋美術館の解説によると、--(ムンクは)最も中心的な諸作品に〈生命のフリーズ〉という名をつけました。それは、個々の作品をひとつずつ独立した作品として鑑賞するのではなく、全体としてひとつの作品として見る必要があると考えたからでした。しかし、彼が〈生命のフリーズ〉という壮大なプロジェクトによって達成しようとしていたことは、「愛」「死」「不安」といった主題からの切り口だけでは捉えきれないものです。--
 そして--ムンクの作品における「装飾」という問題に光を当てる世界でも初めての試み--だそうだ。

 一連の作品群として観ると見方も変わってくる…、というほどには至らなかった。やっぱりどこか「不安」(「叫び」は今回出展されていない)なのである。
 こども部屋の装飾に男女の姿を描いて、注文主からキャンセルされたというエピソードは面白いが…。

 イメージはなかなか覆らないなあと思いながら展示室を歩いていたのだが、最後の<労働者フリーズ>「オスロ市庁舎のための壁画プロジェクト」に、おぉ! 画像がアップできなくて残念だが、逞しく生きる姿が描かれていた。「そうそう、人生『不安』だけではないのだ」と(的外れな解釈かもしれないが)、一人納得したのである。


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フィラデルフィア美術館展 印象派と20世紀の美術

 東京都美術館で開催されている『フィラデルフィア美術館展 印象派と20世紀の美術』を観た。

 印象派以降、でも現代美術の「これ、なあに?」的な不可解さはなく、わかりやすく、馴染みやすい美術展。

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印象派と言えば、ピエール=オーギュスト・ルノワール。「ルグラン嬢の肖像」は可愛いし、「大きな浴女」もルノワールらしいと思うけれど、私は「アリーヌ・ジャルコの肖像 (ルノワール夫人)」が好き。優しく穏やかな愛情を感じるのだ。

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 キュビズムの中では、やっぱりピカソ。「三人の音楽師」。

 『モリゾ展』を観た後だったので、アメリカの女流画家、メアリー・カサットやジョージア・オーキフの作品にも惹かれたけれど。

 『フィラデルフィア美術館展』に行った知り合いが、「都美術館ってあんなに狭かったっけ?」と言う。今回は彫刻も出品されていたし、ちょうど日本人のツボにはまる「印象派以降」だから混んでいるしね。新しい六本木の美術館と比べたら上野は狭いけれど、都美術館は人を呼べる、企画力がある美術館だと思う(12月24日まで)。


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MOTION DISPLAY &. PEDAL CAR 展

 東京駅から皇居に向かって、「行幸通り」という道がある。この道の地下の、通路の両脇にウインドウがあって「行幸地下ギャラリー」となっている。
 新丸ビルに向かって歩いていたら、こんなイベントが!

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『T.KITAHARA COLLECTION in Marunouchi MOTION DISPLAY &. PEDAL CAR 展~ウインドーを飾った夢のディスプレイ、子供達だけの憧れの乗り物~』..
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 ”子供達だけの憧れの乗り物”は、ゴーカートみたいに乗れる玩具のクルマなのだが、それよりなにより、カラクリ好きの私は、モーションディスプレイに釘付けになった。


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お馴染みのアリスとか、

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ダイヤモンドを精製している技師たち。

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こちらはダイヤモンドの鑑定士たち。
動くと、より可愛い。

こんなところで北原コレクションに会えるとは。事前に知らなかっただけに、うれしいサプライズ。贈り物をもらった気分になった。クリスマスの時期にぴったりでした(1月14日まで)。

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開館記念特別展 鳥獣戯画がやってきた!―国宝『鳥獣人物戯画絵巻』の全貌

 
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 サントリー美術館の「開館記念特別展 鳥獣戯画がやってきた!―国宝『鳥獣人物戯画絵巻』の全貌」に、行ってきた。
 
 東京ミッドタウン1Fの床に貼られていた、「鳥獣戯画がやってきた!」への道案内。

 はじめて知ったのだが、高山寺所蔵の「鳥獣戯画」は、現在甲巻・乙巻・丙巻・丁巻の四巻があるそうだ。
といっても、制作年代も画風もそれぞれ違って、お馴染みの、ウサギやカエルやキツネが出てくる甲巻が、いわば”元祖”らしい。時代を経て4巻の編成になったそうだ。この展覧会では、甲、乙、丙、丁、すべてを展示してある。 
 

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 また、「鳥獣戯画」の 模本も展示されていてオリジナルと比べたり、オリジナルが後世に切り貼りされ、編集されている箇所の指摘などもあったり、鳥獣戯画の系譜として「放屁合戦絵巻」や「鼠草子絵巻」が展示されている。


 でも、なんといっても甲巻が抜きん出ている。物語のセンスといい、絵の力といい”元祖”は強し。「野暮なことは言いっこなし!」って感じなのだ。それでいて、上品。今、流行の言葉でいうなら”戯画の品格”でしょうか。

 (~12月16日(日)まで。 前期 ~11月26日/後期11月28日~12月16日)

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キャバレー

 追加公演のチケットが手に入り、やっとの思いで観た、大人気の『キャバレー』(台本 ジョー・マステロフ/日本語台本・演出 松尾スズキ/10月17日/青山劇場)は、楽しい娯楽作品に仕上がっていた。

 旅のアメリカ人作家クリフ(森山未來)が、列車で知り合ったドイツ青年エルンスト(村杉蝉之介)の案内でベルリンの下宿屋に落ち着き、同じくエルンストに連れられてキャバレー「キット・カット・クラブ」に行く。「キット・カット・クラブ」の歌姫サリー(松雪泰子)とクリフの恋、下宿屋の女主人シュナイダー(秋山奈津子)と下宿人で果物屋のシュルツ(小松和重)の恋、そしてナチスの台頭。

 ナチスが台頭する世の中で悲しい恋に終わるのはシュナイダーとシュルツのカップルで、クリフとサリーは傍観者的存在になっているのだが、それはないんじゃないか? そりゃあクリフがアメリカ人で、サリーが英国人と、”よそ者”だからね、と片付けてしまうのは簡単だが、クリフがバイセクシャルで、「キット・カット・クラブ」が退廃的な出し物のクラブだということが生きていない。ユダヤだけでなく同性愛者もナチスの迫害の標的になったという背景が、客席に伝わっていない。クリフがバイであることをもっと活かしてほしいし、サリーがベルリンに留まろうとしたのも「ショウビジネスが好き」だけではないと思うのだが。好青年のクリフ(森山は本当に好青年)、蓮っ葉なサリーではないはずだよ。主役のはずの二人が弱く見えるのは、こうした描き方にも原因があるのだろう。
 
 世の中の流れにモロに巻き込まれる、秋山のシュナイーダーと小松のシュルツは存在感がある。ほほう、と思ったのがエルンストの杉浦。「キット・カット・クラブ」の場面は、阿部サダヲのMCが、歌って、しゃべって場をさらう。これがエンタテインメントとして実に楽しいのだが、もうちょっと阿部の持つ不気味さが出ると、退廃的になったんだけれど。

 恐らく松尾は、ミュージカル=わかりやすさ、と思っているのではないだろうか?  ミュージカルという思いに捕らわれ、”退廃”が型にはまっちゃったなあ、という感じ。何度も繰り返しても言うが、面白かったんだけどね。今が旬の阿部サダヲを観ているだけでも、楽しいのだが…。
 

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ベルト・モリゾ展

 損保ジャパン東郷青児美術館で開催されている「美しき女性印象派画家  ベルト・モリゾ展」に行った。

 この春の「オルセー美術館展」でモリゾに魅せられたので、楽しみに待っていた展覧会。 --印象主義が登場した19世紀後半フランスにおいては、女性は正規の美術教育を受ける機会を十分に与えられてはいませんでした。そのような社会状況の中、ベルト・モリゾは第1回印象派展に参加し、その繊細な表現世界を開花させていきます。-- そういえば、日本でも画家は男が多いと気づく。

 正規の美術教育どころか、一人で屋外を出歩いてはいけない(はしたない)時代なのだ。そういえば国は違うが、映画『ミス・ポター』でも、外出時には使用人がついていたっけ。
 
 印象派の他のメンバーに影響を与えたのではないか、と思うような絵もあるのだが、女性の活動が限られていたからだろう。家族をモデルにした絵が多い。マネの弟、ウジェーヌと結婚した後は、娘ジュリーの成長を見守り、愛情を込めて描いている。絵が続けられたのもウジェーヌの支えがあったからこそ。

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Eugene Manet and his Daughter Julie in the Garden (1883)
「庭のウジェーヌ・マネと娘」 ウジェーヌの優しさを表現したような一枚。

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チケットにも使われている「コテージの室内」。これも、娘ジュリーがモデル。「ゆりかご」もそうだが、白の使い方が上手い。

 優しく、穏やかだけれど、どこか凛としている印象を受けるモリゾの画風。絵の所有は個人が多い。美術館が所有しないのは、女性ゆえに評価が低かったのだろうか。制約のあるなかで、これだけの絵が残せるのだから、素晴らしい才能だと思うけれど。

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