映画・テレビ

エリザベス ゴールデン・エイジ

 『エリザベス ゴールデン・エイジ』(イギリス・フランス/監督:シェーカル・カプール)を観た。

 前作『エリザベス』が10年前になるとは、時間が経つのが速くて驚くが、続編も面白い。
 今回はエリザベス一世が、スコットランド女王メアリーを処刑し、スペイン無敵艦隊を破り、ゴールデン・エイジに入るところまでを描いている。カソリックとプロテスタントの争いがなければエリザベス一世は即位しなかっただろうが、メアリーのことも、スペインとの戦争も、ずーっとこの対立が尾を引いている。その中で、ゴールデンエイジを築くまでになるのだから(家臣もよかったんだろうが)、よっぽど聡明な人だったんだろうなと思わずにいられない。
 スペイン無敵艦隊を迎え撃つ場面が見どころ。女王も鎧を身につけ、イングランド軍の前で演説するのだが、このとき馬が止まらないのはどうして? 全軍の兵士に女王の話が聞こえるように、馬が動いていたの? 風に馬が興奮していた? 戦いに臨んで凛としている女王の姿に圧倒される。

実際のエリザベス一世が40~50代の頃。画面の中のケイト・ブランシェットはやや若い感じだが、威厳もありながら美しく、女王の孤独が伝わってくる。フランシス・ウォルシンガム卿(ジェフリー・ラッシュ)、寵臣はウォルター・ローリー卿(クライヴ・オーウェン)。お気に入りの侍女ベス(アビー・コーニッシュ)。

 前作にもまして、衣裳と美術が目を楽しませてくれた。衣擦れの音もいいのよね。

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ルノワール+ルノワール

Bunkamuraザ・ミュージアムの「ルノワール+ルノワール展」(5月6日まで)。

 印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールと、次男で映画監督のジャン・ルノワールの日本初共演だそうだ。父の絵画をべースに、父の影響を受けた息子の映画シーンをスクリーンに映して見せる趣向。この企画は一昨年のパリ、シネマ テーク フランセーズで開催され好評を博し、ルノワール監督の映画の再ブームを起こしたのだとか。
 日本人にとっても父のルノワールは馴染み深い印象派の画家。では息子のルノワールはどうだろう?と思ったものの、映画に疎い私でも、聞いたことがある題名がずらり、見たことがあるシーンもあって、ああ、この映画の監督が、ルノワールの息子だったのね、と再認識する次第。

 同じBunkamuraのル・シネマではルノワール監督の映画が上映されている(ルノワール+ルノワール展開催記念「ジャンルノワール 映画の世界」。会場は他に東京日仏学院、東京国立近代美術館フィルムセンター)。なるほど、この手があったんですね。Bunkamuraは芸術の複合施設だから、絵画と映画を連動させるのは、わけない話で。

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「ガブリエルとジャン」 
 ガブリエルはオーギュストの妻(ジャンの母)アリーヌ・シャリゴの従姉妹に当たる人で、ジャンの子守役だった。ジャンはオーギュストが53歳のときの子どもで、兄で俳優のピエールとは9歳違い。陶芸家の弟クロードとは7つ違い。弟はもちろん、彼も、兄も、父からすれば年を取ってからの子どもで、もうすでに父は著名な画家だった。そんな父から影響を受けないわけはない。オーギュストは、子どもが生まれてから家族の肖像をよく描くようになったという。東京都美術館で観た「アリーヌ・シャリゴの肖像」も、この展覧会で観られる。長男出産の後だとか。年が離れた妻も子どもも愛おしく、大切だったのだろうな。

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「田舎のダンス」。モデルの女性は、婚約中のアリーヌ・シャリゴ。
 肝心の父と子の作品の共演というテーマはさておき、実は、今回の展覧会でとくに観たかった作品。子どもの頃、家族と行った「ルノワール展」で観た記憶がある。たしか「都会のダンス」と並んでいたのだ。どこの美術館だったのかも忘れてしまったのだが、この「田舎のダンス」は鮮明に覚えている。「女の人の表情がとっても楽しそうだったから」というのは少々後付の理由のような気もするが、一番最初の”大人”の美術展の記憶で、印象に残った作品だった。10歳ぐらいだったのかなあ。
 
 というわけで個人的な家族の想い出も蘇って、私にとっては楽しい美術展だった。この日は予定があわなくてル・シネマに行けなかったが、美術展の出口に立つ頃にはルノワール監督の映画が観たくなっていた。

 

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今宵、フィッジェラルド劇場で

 『今宵、フィッジェラルド劇場で』を観た。 


 ハードボイルドを思わせる出だしだが、実はハートウォームな物語。
 アメリカ、ミネソタ州にあるフィッツジェラルド劇場で、「プレイリー・ホーム・コンパニオン」というラジオショウの公開生放送が行われている。大手企業がラジオ局を買収したため、30年以上も続いた番組は今夜が最終回。古いフィッツジェラルド劇場は取り壊されて、駐車場になる予定だ。最後のショウの舞台裏は、いつもと違うミステリアスなことも起こるし、放送やスポンサーへの皮肉も盛り込まれているが、物語はわりと淡々に進んでいく。
 この物語を面白いと思うかどうかは好みによるかも。私は前半少々乗り損なったが、終盤の展開に共感。ラジオの、劇場公開生放送という、古めかしい設定が効いている。

 見どころは、芸達者な役者たち。地方の劇場に出る、くたびれた歌手たちのはずだが、二流と思ったらとんでもない。カントリー・デュオのメインボーカル、ヨランダ・ジョンソンを演じるメリル・ストリープの歌が滅法上手くて驚いたが、彼女は声楽を学んだことがあるそうで、納得。昨年観た『プラダを着た悪魔』とは、まったく違う役柄だ。ヨランダの姉でデュオの片割れ、ロンダのリリー・トムソンもいい。
 メリル・ストリープよりびっくしたのが、ショウの司会者のギャリソン・キーラー(本人役)。司会もすれば歌も歌う。その話から歌に、歌から話に流れるように続く饒舌な語り口は絶品だ。彼は、実在のフィッツジェラルド劇場で行われている「プレイリー・ホーム・コンパニオン」というショウの構成作家兼司会者で、アルトマン監督に映画の構想を持っていき、原案・脚本を手がけたという。

 ショウが終われば職を失うキャストとスタッフだが、くよくよしても始まらない。うまく行かない人生でも、諦めることと希望を持つことの両方をほどよく知っている、大人のための物語だ。
 「老人の死は悲劇じゃない」という台詞が印象に残った。ロバート・アルトマン監督の遺作だそうだ。

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私はだれでしょう

 こまつ座の新作『私はだれでしょう』(紀伊國屋サザンシアター/2月24日 夜)。井上ひさしの脚本が遅れて、初日が遅れた。こまつ座の新作は、上演期間の後半にチケットを取るに限る。

 戦後の人気番組「尋ね人の時間」とGHQの言論統制がモチーフ。
そこに、記憶を無くして「尋ね人の時間」に身元探しを依頼する山田太郎(川平慈英)、日系の民間情報教育局(CIE)将校フランク馬場(佐々木蔵之介)、特攻隊の生き残りでNHK従業員組合書記の高梨(北村有起哉)、「尋ね人の時間」の制作を担当する川北京子(浅野ゆう子)の、人としてどう生きるかを見定める物語が絡む。庶民の生活を写し芝居の進行役も負う、京子の部下の三枝子(梅沢昌代)、圭子(前田亜季)、NHK放送用語調査室の佐久間(大鷹明良)も、それぞれに将来の自分を探しているようだ。

 舞台となる内幸町の日本放送協会・東京放送会館は、いまの日比谷シティの辺り。「尋ね人の時間」はラジオ放送で、映像がない時代の、人探しだ。

 宛書きだそうだ。自分の立ち位置に自覚的である浅野の京子と佐々木のフランクは、毅然として美しい。この二人は本当に立ち姿が綺麗だ。それまでのお調子者の表情に影がさし、自分が利用されていたと気づく高梨が切ない。その高梨に比べて、身元が判明した後の山田太郎があんなに明るくていいんだろうか? 川平慈英は、歌って踊って笑わせる、自由自在ないつもの川平。それはそれで、とってもチャーミングなのだ。宛書きということは、井上ひさしは川平の明るさがほしかったのか? ならば山田太郎は一貫して明るくていいのか? 「自分が誰でも、自分は変わらない」ということか? でもやっぱり、彼の正体は相当動揺するだろう、普通…。
 前田、大鷹、梅沢も巧い。ただし梅沢演じる三枝子は、狂言回しとはいえ説明的な台詞が多いように感じた。

 「私(アナタ)はだれでしょう」という万人への問いの他に、現在の放送への批判も盛りこまれた芝居だ。公演期間中に、やらせ問題から行政処分の検討というニュースがあった。それは国営放送の在り方以前の話ではないか。
 

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バブルへGO!!

  あの時代の描がかれ方に興味があって『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』を観た。くだらない映画。でも楽しい! 
六本木ヒルズがない六本木は so nice!!  空が見えます。

  広末涼子演じる真弓が、タイムマシーンに乗って、1990年3月に行き、バブル崩壊を止めるストーリー。その止め方が、”あり得ない!”んだが、ご愛敬。バブルの終焉を、もっとソフトランディングさせるべきと考えているのかと思ったが、そうでもない未来が待っているのだ。まあ、この映画にバブル時代の見直しなんて殊勝なものを求めちゃいかん。ただただ、当時と今を比較して単純に楽しむのがいい。

 90年の人間に再三指摘される真弓の破れたジーンズにヘソ出しのキャミという服装は、当時の感覚だと、お行儀が悪いだけでなく「ビンボー」で「可哀想」以外の何でもない。若い女の子はロングの黒髪が流行りで、髪を染めるなんて年寄りのすることだった。当時は私もロングのストレートヘア、さすがに前髪は立ててませんでしたが。若い派手な女性はボディコンが主流だったが、デザイナーズブランドも流行ってて、けっこうロングスカートも着ていた。
 当時を象徴する音楽はやっぱり「君の瞳に恋してる」なんだね。そういえばタクシー掴まらなかった、などなど体験したことも描かれているけれど、当たり前だが、フツーの人はここまでは浮かれていなかった。それは、バブル期の真理子(薬師丸ひろ子)の生活を観ればわかるはず。

 広末涼子は、踊りを魅せてくれた。ちょっと今風の、でも素直なキャラクターがいい。広末涼子って、それこそ母親役の薬師丸ひろ子とも共通する透明感があるのだ。いまの20代前半の女優だとこういうキャラって誰がいるんだろう。
 阿部寛はイロ男でも爽快だし、おもしろいのは劇団ひとりで、おぼっちゃま風情と貧相な人間の、どちらも雰囲気が出ている。現在の顔は少々作りすぎていてはいるが、上品と下品を自在に行き来できる稀な人だ。

 ラスト、スクリーンに、「ドラム式洗濯機の中に入ってはいけません」という内容の注意書きが出る。すっごく野暮で映画としては止めてほしいと思うんだけど、事故が起きたら困るしねえ。
 

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それでもボクはやってない

 今話題になっている周防正行監督の『それでもボクはやってない』。映画を観た後に、本を読んだ。

  映画は、痴漢冤罪を描いた社会派ドラマだ。主人公の金子徹平(加瀬亮)が就職の面接を受けに行く朝、通勤電車の中で痴漢に間違われ、誤認逮捕される。「ボクはやってない」と否認し、裁判で争う。
 観客は徹平がやっていないことを映画の中で知らされているので、理不尽な目にあっている徹平に感情移入しながらストーリーを追うことになる。加瀬亮っていい役者だ。また脇も、徹平の母親にもたいまさこ、親友に山本耕史、担当弁護士に役所広司と瀬戸朝香といい役者が揃っている。瀬戸朝香ってこういうキッパリとした役にいいんだなあ。裁判官の小日向文世と正名僕蔵も対照的でいい味だしているし、当番弁護士の田中哲司も渋いし…、と挙げればきりがない。
 
 裁判員制度の実施を控えているので、この映画をきっかけに裁判への関心が高まれば、という意味でタイムリーなんだろう。周防監督も日本の刑事裁判を問うことを狙っているようだし。でもお勉強の前に、ドラマとしても面白かったよと言っておきたい。

 ここからネタバレ(もともとネタバレ?)。
 見終わったあとに、隣の人たちは「やっぱり有罪だよね。じゃないとお話しが成り立たないモンね」と話していたが、うーん。徹平に感情移入しなくたって、シロウトか考えたって、読み上げられる判決文の事実認定は、無理がありすぎ。「お話し」の都合と考えたいが、実際の裁判でこんなに杜撰なの? 
 物的証拠が乏しい痴漢という犯罪の特殊性や、裁判制度の疑問の前に裁判官の人手不足も考えさせられてしまう…。

 どうも消化しきれず、本を読んでみた。シナリオと、周防監督の自作解説、そして元裁判官の木谷明氏に周防監督が裁判の疑問点をぶつけている「徹底対談--日本の刑事事件はどうなっているのか」の三部構成になっていて、とくに対談が読み応えがある。私が疑問に思った事実認定も木谷氏が解説しているのだが、やはり監督は「裁判官に当たり、外れがある」と言っている。この文脈だとハズレのほうが多いってことだろう。

 傍聴、してみようかな。裁判員制度、きちんと知っておくべきだな。って、まさに周防監督の狙い通りだな。

 

 

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幸福のスイッチ

 不機嫌な上野樹里を観た。映画『幸福のスイッチ』(安田真奈監督)。その不機嫌さが半端じゃない。

稲田怜(上野樹里)21歳。おっとりした姉と、しっかり(ちゃっかり)とした妹に挟まれた三人姉妹の真ん中。東京でイラストレーターをしていたが、上司に反発して会社を辞めた。そんなおり、田舎から手紙が届き、帰ってみると父親(沢田研二)が骨折して入院していた。父と折り合いが悪い怜だが、渋々実家の電器屋を手伝うことに…。電器屋を手伝ううちに怜の気持ちもほぐれてきて…、という大筋は読めるものの、(ネタバレになるからこれ以上言えないが)、怜の満面の笑みは観られない。そこがリアルだし、押しつけがましくないんだけど。エピソードも、登場人物の表情も、その描写が細かく丁寧だ。実家が、個人経営の電器屋という設定がとても生きている。

 いつもとは声のトーンもまったく違うし、こんなに不機嫌な上野樹里を観るのは、はじめて。私は、NHKの「てるてる家族」の秋ちゃん以来のファンなのだが、「面白い女優さんになってくれ!」とますます期待しちゃう。面白いというと誤解があるかな? 芸幅の広い達者な女優さんになってほしい。 
 父親役の沢田研二の声が響く。さすが歌手。

 ロケが和歌山県田辺市で(風景は美しいが)、田辺市の観光パンフレット等が映画館のロビーにおいてあったけれど、観光目的のご当地映画としては弱い。『フラ・ガール』の後ではなおさら。
 
 

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のだめカンタービレ

 コミックをほとんど読まない私(いいトシの大人だし)が、夢中になっている『のだめカンタービレ』二ノ宮知子(講談社)。
 昨年、ネット書店のトップページで知り、「音楽を、視覚的なマンガでどうやって表現しているの?」という感心から入って、はまった。オーケストラのリハーサルや本番の楽器演奏のシーンは、どの曲も同じような絵になってしまいそうなのに、曲の解説や演奏者の心情を交えて、ちゃんと違う絵になっている。どのシーンにどんな音楽を使っているのかも興味があるところ。曲の使い方に緩急があるというか、おなじみの曲名が出てきたかと思うと、マニアックな曲が出てきて、知らない曲は聴いてみたくなる。詳しくないけど時々クラシックを聴きたくなる私にとっては、いいナビーゲーターだ。もちろんコメディな学園青春(成長)もので、爽やかな(?)恋愛があるストーリーや、笑いのツボがいいのだけれど、それだけじゃこんなに夢中にならなかったと思う。

 コミックが好きだからテレビドラマも楽しんでいる。ドラマで音楽を扱うことはお手のものだろうが、こちらは「マンガチックな場面を、実写ドラマで表現している」ことが面白い。もちろんCGを駆使しているんだろうけど、のだめ(野田恵)役の上野樹里は体当たりだし、配役も原作のイメージにぴったりだ。目立たない役だが、安岡先生の西村雅彦もいいなあ。

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フラガール

   ”炭坑町”の再生と、フラの先生の平山まどかをはじめとする大人達の再起と、若いフラガール達の成長の物語。若者にも、大人にも希望を感じさせる映画だ。

 昭和40年、石炭需要先細りの危機に、炭坑会社が打ち出した構想がリゾートセンター。炭坑で働く人々からは反発が出るが、地元の娘たちがレッスンを受けハワイアンダンサーになる。
 福島県いわき市の「常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾートハワイアンズ)」立ち上げの実話だそうだ。何故炭坑の次にハワイアンなのかと思わないでもないが、今よりもずっとハワイが日本人の憧れだった時代、会社も希望を託したのだろう。建物から細部まで、よく当時の様子が再現できたなあと感心する。

 とてもわかりやすいストーリーで、制作側の「掌の上」感がなきにしもあらずだが、心地よく泣き笑いできるので満足だ。ラストのフラは圧巻。フラガールのリーダーになる紀美子役の蒼井優はクラシックバレエやタップダンスの素養があるそうで、見事なハワイアンのソロを見せてくれる。ワケありの東京者、まどか役の松雪泰子も素晴らしい。彼女の40年代の都会風ファッションも見どころだ。

 紀美子の母親役が冨司純子。兄役が豊川悦司。いい演技の三人なのだが、それぞれの実年齢を思うと感慨深いものがある。冨司純子は母親役としては老けているし、トヨエツだって紀美子の父親でいいトシだ。だが、昭和40年代の毅然とした母親役を演じられる女優も、逞しい炭坑夫を演じられる若手も少ないのだろう。二人が脇をきちっと演じたことで、映画が引き締まったと感じた。
 
 公式サイトはこちらから


 
 

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ブラザーズ・グリム

 9日に、吉祥寺のバウスシアターで「ブラザーズ・グリム」を観た。

 19世紀、フランス占領下のドイツ。後にグリム童話で有名になる、若かりし頃のグリム兄弟がペテン師まがいの人物像で登場。偽悪魔払いの悪行を許す代わりに、呪われた森の噂を調べるようにフランス軍から言い渡される。

 兄弟の名前が入れ替わっていたり、実在のグリム兄弟とはかなり違うようだし、グリム童話のパロディは期待していたほどではないが(童話のパロディなら、ミュージカル「INTO THE WOODS」が素晴らしい)、小気味よいコメディ作品。CGを駆使した魔法も楽しいが、ドイツの森の深さに、フランス軍が無頓着なのも、見物かも。

 大ヒット上映とはいかないだろうが、監督も、俳優も、ストーリー自体も、そんなにマニアックではない楽しい作品なのに、私が観た最終日の午前中の上映は、映画館がガラガラ。ちょっと寂しい気もした。

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