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手すりの効用 ―― JR品川駅、その後。

  動線を混乱させる「所要時間案内」(JR品川駅)のその後です。


 JR東日本のホームページから指摘したところ、エスカレーター降り口に貼ってあった「所要時間案内」は外され、提案通り、2番線、外回りの「所要時間案内」と並べて貼られました。

 が、手すりを使う場合に「所要時間案内」が邪魔になる他の箇所については、
<利用客に分かりやすい箇所という観点から現在の箇所に掲示している。流動状況を確認しているが、掲出箇所が原因による利用客同士のトラブルは確認できず、流動阻害にはなっていない>という認識で変更されませんでした。
 ――しかしながら、手すりをご利用のお客さまに対してご不便をおかけしているご指摘につきまして、大変申し訳なく(略)――
  言葉だけは丁寧ですが、表面的な対応に思えます。

 手すりと「所要時間案内」が被ると手すりが使えないので、降り口の脇の壁に貼れないかと質問したもの。「所要時間案内」が大切でも、降り口の脇の壁にあるポスター掲示版を移すことは考えないのですよね。大事な”広告”ですから、ね。1カ所改善したのは、動線の問題というよりも「所要時間案内」の見やすさを優先させたからでしょう。

 つまり、広告や「所要時間案内」が、安全より優先すると。
 数でいけば利用する人は少ないでしょうが、手すりや点字案内テープは基本的情報や身体的リスク回避の手段として必要としている人がいる設備。一方階段の降り口に掲示する「所用時間案内」はプラスアルファのサービス情報にすぎません。必要に迫られるものを優先させるのか、利用者数が優るのか、バリアフリーの問題はいつもそこの考え方が対立してきました。ですが、手すりや点字案内は、そんなに特殊なものではないはずです。
 
 手すりは比較的障害が軽い人(階段があがれる程度の人)が利用するものですが、軽中度身体障害(一時的な怪我人や高齢者も含む)のニーズは目立たないので見過ごされがちです。
 とかく移動のバリアフリーは「エスカレーターやエレベーターを利用すればいいだろう」になりがちですが、そこまで行くのは遠回りだから階段を利用したい、人の波に逆らうのは怖いので近くの階段を使った、普段は手すりは使わないが後ろから煽られて怖いときには使う、というような事情もあるのです。また、目眩や動悸など、突然具合が悪くなったときも、手すりに掴まれば身体を支えてくれます。酔っ払って階段を踏み外した、スマホ見ながら降りた、ピンヒールで転けた、ときもそうですね。誰かが倒れたら、階段は本人だけでなく周りの人も危ないのですから、事故を予防する役割もあります。
 
 段差があるところだけでなく、踊り場も含めて到着階まで手すりがあることが基本。手すりが途中で途切れてしまうのはリスキー。
 手すりをつけるなら、そのミッション(目的)を考えて効果的につける。つけた手すりを正しく利用できる環境を整える。設備を整える企業側の社会的責任としても当然のことで、せっかく整えるバリアフリー設備のコストパフォーマンスとしてもよいはず。
 昔、手すりをつけると「見た目が悪い」「邪魔」と言われましたが、そういった意識がまだ社会の中に残っているのでしょうか。
 「浦島太郎」という高齢疑似体験ツールがありますね。目に特殊なゴーグルをかけて視界を狭くし、身体に重りをつけて動きにくくして歩くというものです。あれも、周りの人に迷惑になるといって、誰もいなようなところで体験したのでは意味がなく、ラッシュ時とはいわないまでもある程度混んでいる駅や賑やかな街中でやらないと、リスクは解らないでしょう。駅員は、自分たちが勤務する駅舎で一日体験してみたらいいのに。

 度々危ない思い、嫌な思いをすれば「外出は怖い」と、まだまだ元気で暮らしていけるはずの人が行動範囲が極端に狭くなることが容易に想像できます。こんなところで理解が滞っていたら、ますます進む高齢社会への対応が難しくなるでしょう。

 

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