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2011年4月

照度の基準

最近の東京、節電の影響で暗いですね。

たとえば池袋の各路線の改札が集まる地下コンコースなんて、照明も案内のサインも灯りを消していますが、あれじゃあ、はじめて池袋に来た人は、なにがどこにあるのか捜すのに一苦労でしょうね。

と、視力がいい私でさえそう思うのですが、視力が弱い人とか、お年寄り(白内障)の人たちはなおさら不便。


照度についての基準、「福祉のまちづくり条例」を見てみたのですが、ないみたい。

みたい…では心許ないので、都の地域福祉推進課に電話して問い合わせました。

「福祉のまちづくり条例」「建築物バリアフリー条例」ともに照度は遵守基準がないそうです。
他の法令はよくわからないと言いながら、「聞いたことがない…」と。


ふむ。ユニバーサルデザインの視点を反映した基準を作る必要がありそうです…。


節電で東京のバリアフリーが機能しなくなっています

Twitterでもつぶやいていますが、節電の影響で、東京の街のバリアフリーが機能しなくなっています。
東京圏内を移動していると、いろんなところで、不都合を目にします。

4月24日付日経新聞でも取り上げられていました。

Photo_2


「むさしの未来まちづくりたい」ではこの件に関して、体験談や不安に思うことなど、ご意見を募集しています。
詳しくはこちらをごらんください。

軽井沢からの手紙

  軽井沢のホテルから、こんな手紙が届いた。    


 Karuizawa

  私は、3月11日以前の計画通りに行くよ。

  東日本大震災で、被災された方々は過酷な生活をしいられている。原発の問題もある。
 そして、日本中が大変なことになっている。

  今日、被災地に送る支援物資をひと箱詰めた。

追悼の呼びかけ

  東日本大震災で亡くなった人々を、みんなで供養しよう
   ―亡くなられた方々の冥福を祈る日をみんなでつくりだすことを呼びかけますー
                          最初の呼びかけ人・内山 節


   日時  2011年(平成23年)4月24日日曜日
 
この日にそれぞれの場所、それぞれの方法で亡くなられた方々への冥福を祈りましょう。また
12時正午にはみんなで祈りを捧げたいと思います。

方法  ご自身の信仰をおもちの方はその方法で、また他の方々はそれぞれが思いついた方法で。被災地の方角を向いて手を合わせる、仏壇などをおもちの方はお線香を上げる、近くのお寺、神社、教会などに集まり祈りを捧げる、ご自宅に思い思いのデザインの半旗を掲げる、追悼の集まり、コンサートなどを開く、・・・・方法は自分がよいと思う方法で、自分のできる方法で。
国葬のような儀式にするのではなく、全国津々浦々でみんなが送る日にしたいと思います。


 東日本大震災は私たちのなかに驚き、恐怖、悲しみとともに、自分自身もまた「支え合う社会の一員でいたい」という強い意志をも生みだしました。皆様もそれぞれの場所、それぞれの方法で、直接、間接的な被災者への支援の活動をおこなわれていることと思います。私たちの役割はこれからも持続的な支援活動を続けながら、被災地の復旧、復興に協力していくともに、この直接、間接的な活動をとおして社会とは何か、社会はどうあるべきか、暮らしや労働をどう変えていったらよいのかなどを捉え直し、日本の社会を再生させていくことだろうと思います。
 その意志を示し、未来への歩みをすすめるために、みんなで東日本大震災で亡くなった方々を供養する日を設定することを呼びかけます。
 古来から日本の社会には、災害や「戦」などの後に亡くなられたすべての方々の冥福を祈り、死者供養をする伝統がありました。「戦」の後には敵味方を区別せず供養しました。またそのときには人間だけではなく、巻き込まれて命を落としたすべての生き物たちの冥福を祈りました。さらに災害の後には、大地が鎮まることをもみんなで祈りました。そうすることによって、悲劇に巻き込まれていった生命への思いを共有し、ひとつの区切りをつけ、次の歩みに向かう入り口をつくりだしてきました。
 この度の大災害で亡くなられた方々に対してはすでにご遺族の方々などの手によって、精一杯の供養がおこなわれたことだろうと思います。しかしその一方でご家族が全員亡くなられるなどして、誰にも送ってもらうことができないでいる人たちもおられると思います。そのような方々に対してはもちろんのこと、すでにご遺族の方々なとによって供養された人たちに対しても、みんなで追悼、供養してあげようではありませんか。そうすることによって、これからの私たちの決意をも示したいと思います。
 この案内を受けられた方は、ご友人、お知り合いなどに転送し、この呼びかけを伝えてはいただけないでしょうか。またホームページ、さまざまなSNSなどでも呼びかけ合うとともに、供養の方法を提案していただければ幸いです。お寺、神社、教会などにも呼びかけ、私たちはこの災害とともにこれから生きていくことを確認したいと思っています。
 亡くなられた方々を十分に追悼することなく、未来を語ることに私はためらいを感じます。ここからはじめませんか。

(内山先生は哲学者で、私は大学院で教えていただいています)

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