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農業少女

 東京芸術劇場小ホール1で「農業少女」を観た。タイトルの肩に、「野田秀樹芸術監督就任記念プログラム」とある。作 野田秀樹、演出 松尾スズキの作品だ。

 実家の農業を嫌い、東京に出てくる少女、百子(多部未華子)。東京行きの電車の中で出会う、江戸弁の女(江本純子)、その上司でいかがわしい社会活動家 都罪(吹越満)、百子に一目ぼれした毒草研究家、山本ヤマモト(山崎一)。そこに描かれているのは、農業の大切さ、都市の猥雑。「痴人の愛」のような性欲と、社会活動家の偽善と独裁的な支配欲。そして大衆の”気分”。

 野田の演出による初演は、2000年。客席と客席に挟まれた舞台だった。百子は深津絵里、最後の「農業少女」を植えるシーンが今回の多部と重なるが、多部には、深津のようなはかなさはない。どちらかといえば、少女期にありがちな健康的な逞しさを持っている百子に見える。
 山崎の山本は、いかにも少女に翻弄されそうな気が弱い男。吹越の都罪は、いかにも少女が惚れそうな優男。
初演の野田の山本ヤマモト、松尾の都罪はどこかグロテスクだった記憶があるのだけれど、山崎や吹越は実際にいそうな人物像で(二人とも上手い)、その分わかりやすい。

 このように松尾演出は戯曲の構造をわかりやすく見せる。それはともすると悪(都会、大人)vs善(自然、子ども)の単純化した図式に集約されるのだが、いやいや、この戯曲はそんなことをいいたいのではないと思う。対立的な構造では語ることができない混沌とした社会、そして大衆の”気分”は、もっともっとグロテスクなはずなのだ。初演をなぞる必要は無いが、今、この戯曲を上演する主な意図は、その、大衆の”気分”を伝えることにあるのではないか?
 しかしまた、わかりにくければ、伝えられないことも、事実。この芝居で、”わかりやすさ”の功罪を観た気がする。三人の芝居を受ける江本純子がいい。
 
Scan0021  3月31日まで。

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