2014年11月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

Twitter

無料ブログはココログ

« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »

2010年3月

minobi

 ひさしぶりに三田のminobiに行った。オーグー・ドゥジュールのグループのお店に3か月も足を運んでいなかったなんてびっくりだが、カウンターに座るとやっぱり落ち着く。レストランは、寛げることも大事だよね。
 
 この日、はじめて”シェフのお任せ スペシャルコース”をリクエスト。

Photo
 前菜は、サーモンのスモーク・ミキュイ サラダ仕立て。サーモンの、スモークした香りと火を入れた食感がとてもよくて、大好き。二品目の前菜はお肉のテリーヌで、これも好物(だが、写真に撮るのを忘れた)。

 Photo_2
 お魚はスズキの仲間のメジナ。手前は牡蛎。このお料理のソースが! クリーム系のソースのコクとトマトの酸味が合わさって美味。

 Photo_3
 しかし、なんといってもこの日の逸品は、メインのタンのポワレ。タンは焼き肉とか、煮込み系ではお馴染みだが、ポワレははじめてだった。しっかりとタンなんだけれど「タンってポワレでもこんなに食べやすいの?」と驚いた。自分で選ぶときは味をだいたい想像できるものを選びがちだが、こういうサプライズがあるのがお任せの楽しいところだ。下に敷いてあるのはお豆。

2004
 ワインも、お任せの赤。いつものようにチーズを食べてデザート。

 St330316

 ああ、幸せ。

 

柳家花緑独演会

  三鷹市芸術文化センター星のホールで、柳家花緑独演会を聴いた(三月二十一日、昼の部)。

  演目は以下の通り。

Karoku

  前座は、この日はじめてお客さんに噺を披露するという緑太サン。一生懸命さが伝わってくる。花緑さんは9歳のときから高座に上がっていて、”あがる”ことはなかったそうだ。
 そんな話を、噺の合間にちょいと挟みながら四話。中入りがあるとはいえ、座布団の前に湯呑みははないから、高座にあがったら口を湿らすこともせず話し続けた。すごいわぁ。疲れないのかと訊いちゃいけませんね、まだ若いんだから。ご本人が「花緑はおしゃべりでございます」と言っていた。
 花緑さんを何度も聴いているTさんも、「いつも、たくさんおしゃべりするよ」。噺の前はまくら、では噺の後はなんというの?

 私は、花緑さんを「宝塚BOYS」で観ているが、落語ははじめて。
 語り口は洒脱といったらいいのか、どこか垢抜けたところがあって、噺のアクがいい案配に薄まって、私には聴きやすかった。テンポが速いのも好き。これ、褒め言葉のつもりなんだけれど、褒め言葉になっている? 
 たぶん兄妹と思われる小学校低学年ぐらいの子どもが2人来ていて、とって素直に、心から楽しそうに笑っていた。それにつられて大人も声を出して笑う。花緑さんも乗ったのだろう。仕草も大きく、大盤振る舞い。高座と客席との相乗効果が生まれて、いい雰囲気の寄席だった。
 終演後、出口でお客さん一人一人に握手をして、お見送り。こんなことされたら、ファンになっちゃうよねぇ。

富士見町アパートメント

  座・高円寺1で、自転車キンクリートSTORE「富士見町アパートメント」を観た。

 ”古いアパートの2DKの部屋”という同じ舞台装置で、4人の作家の新作を、鈴木裕実が演出する。”富士見町アパート”ではなく、”富士見町アパートメント”というのがミソ。古いが2DKなのもミソ。ボロアパートにも、繁華街の外れ(?)のレトロなアパートメントにもなっていた。
 
 Aプログラム「魔女の夜」 蓬莱竜太/「海へ」 赤堀雅秋
 Bプログラム「リバウンド」 鄭義信/「ポン助先生」 マキノノゾミ
 Aはどちらかとえばサスペンス、Bはウェルメイド。1作品1時間程度の長さだ。
 
 「魔女の夜」は女二人の心理戦。時間の経過を見せる工夫がされている。展開が読めてしまうので、部屋の設定を書くのはよそう。
 「海へ」は、あるダメ男の通夜の晩、死んだ男の部屋で。ダラダラと続く馬鹿話が、なぜか胸にジーンと来る。結末もいいな。男優たちが、井之上隆志、入江雅人、清水宏、久保酎吉と、80年代の小劇場ブームを経験した私には魅力的な面々。4本の中で一番煮え切らない設定でもあり、、一番考えさせられた脚本でもある。
 「リバウンド」はふくよかなコーラスガールの話。20年来派手なヒットはないものの地道に活動してきた三人組だが、一人の家庭の事情で、もう一緒に歌えなくなる。引っ越しの荷造りをしている、その部屋が舞台だ。しんみりとさせる話なのだが、池谷のぶえ、平田敦子、星野園美の明るさというか、存在感が功を奏している。会話も部屋もリアル。イブとかアマゾンズとか、実際に活躍している女性三人組のコーラスグループの名前も出てきた。三人のコーラスも、なかなか楽しい。

 そして「ポン助先生」。新人人気漫画家、杉森ハジメの自宅兼仕事部屋が舞台。ポン助先生は、大御所だが最近筆が鈍っている漫画家。女性の担当編集者(西尾まり)とポン助先生に鍛えられる若者の成長物語で、演じる黄川田将也がとってもいい。が、なんといってもポン助先生の山路和弘でしょう。生き生きと自由自在にセクシーに、自尊心が強くかなり迷惑な中年男を演じている。
 このポン助先生、若い芽を摘むのではなく、かなり遠回りなやり方だが、後輩に伝えていくということを心得ている。結果としてそうなった、とも読めるが、後輩を育てたいという気持ちが多少なりともなければ、こうはならないでしょう。それに、ときとして反面教師のバカな大人がいることも、若者にとってはいいことなんだし。正面から与えられたものしかわからない人間では困るのだ。今の時代にありそうで欠けている大事な人間関係かもしれない。山路のポン助先生は、魅力的だ。

 私は、Bプログラムから観たのだが、A、Bの順で観るのが正解だったと思う。好みの問題だろうが、Bプログラムのほうが素直に楽しめた。

 余談ながら、はじめてジテキンの芝居(つまり鈴木裕美の演出)を観たのは、1988年の「ほどける呼吸」。細かいことはすっかり忘れてしまったのだが(でも可愛いセーラー服姿はよく覚えている)、ほとんど同じストーリーながら、3ヴァージョンあったと思い出した。
 今回の企画も、ある意味でヴァージョン違いかも。同じセットでも、こんなに違う物語が生まれるのは面白かった。家具や小道具も散らかり具合も、まったく違う。
 けれど、そこから切り離して独立させて見せても十分見応えのある作品が揃った。ただ、1本だけこの企画でしかなりたたないだろうと思う話があるけれど……。


卒業式

 花屋さんに寄ったら、いつにも増して多くの花束が用意されていた。

 Suisen_2


「ああ、卒業式?」「そう、卒業式」。その日は近くの大学の卒業式だった。後輩に花束をもらって、送られて、いいねぇ。今年は就職難らしいが、就職は決まったのだろうか。頑張れ、新社会人。

 しかし道行く学生たちをみていると、とても派手に着飾って、不況とは思えませんが。とくに女子……。茶髪アップに和服、まつげバサバサ、指はつけ爪というのが、どうもなじめない。袴ならそれでもまだ学生だと思えるが、袴をつけていない着物姿の子もけっこういて、それじゃあまるで売れない水商売の人みたいだ。正装になればなるほど、不思議な盛装になって、ケバく、ケバくなっていくって、どういう心理なんだろうね。
 

油であげていないドーナツ(miel銀座本店)

 
  いただきもののドーナツ。銀座にあるmielというお店の(もともとは大阪のお店らしい)、油であげていないドーナツ。いま人気なのだそうだ。
D_2

 プレーン、ココア、きなこ、焼きいも。焼きいもは生地の中にお芋が入っているんだって。まずは、基本のプレーンを食べた。ええと……、マドレーヌに近い感じ。食感が軽い。
 吉祥寺には、おからや豆乳を使う「はらドーナッツ」があって、そこも人気のお店。おからとか、油であげていないとか、今ドーナツもヘルシー志向なのだろう。素朴な味に戻ったというか。

 ドーナツは、もともとオランダ発祥のキリスト教の祭典用のお菓子だと聞いたことがある。ドウ(生地)+ナッツ(木の実)でドーナツ。はじめはコロコロと丸い形だったそうで、あのリングの形はずいぶん後になってからのものらしい。いまじゃドーナツはリング形状の代名詞だけれどね。どうしてあの形が出てきたんだろう。たぶん揚げやすい形なんじゃないかな。

 子どもの頃、母がつくってくれたドーナツを思い出した。ホットケーキミックスで生地をつくり、ドーナツ型のお玉に入れて、そっと油の中に放す。狐色になったら上げて、お砂糖を振る。子どもの頃から甘さ控えめが好きだったのでお砂糖少々、シナモンパウダーを振ってくれることもあった。市販のアメリカンドーナツより油っぽくなく、甘さもリクエストできるので好きだった。
 

miel銀座本店 http://www.miel-donut.com/

伊勢丹吉祥寺店、閉店

 昨日は、日中に伊勢丹の前を通ったものの、尋常じゃない混雑で、店の中には入らなかった。買いたい物もなかったしね。閉店時にも、行かなかった。
 ニュースを見たら、インタビューに答えている人が泣いていた。あの場所にいったら私も泣きたい気持ちになったかもしれない。

 
St330277
 一夜明けて、正面玄関だったところ。

 さっさと片付けがはじまっていました。

St330279

<関連記事>
伊勢丹吉祥寺店
デパートが好き

デパートが好き

伊勢丹吉祥寺店のラストウイーク。さよならセールが始まってから、婦人服売り場は伊勢丹らしさはなくなってしまった。他の売り場には参戦したが、婦人服はとうとう買わなかった。お客さんが多いか、メーカー派遣と思われる販売員がうるさいかで、ゆっくり見られないんだもん。伊勢丹らしさって、おっとりした接客だと思う。商品知識は豊富だけれど、客をせかさない。
 人件費削減なのだろうけれど、レジにしか店員がいない大手スーパーもある。もちろん自分一人で選べるものも多いから、うるさい店員は嫌だが、売り場に声を掛けられる店員がいてほしいこともあるのだけれど。求めているのはマニュアル的接客ではなく商品知識。それこそ、プロの店員としての力量なんだけれど。
 たとえば”ベッド用のボックスシーツは、マットレスの厚さを標準何センチぐらいとっているのか? 厚さの表示は?”なんてことは、伊勢丹のさよならセールの期間に教えてもらった。 
 別に、特別に贅沢なものを買うわけではない。でも、長く、快適に使える物がほしい。たぶん、中高年はそういう買い物スタイルに馴染んでいる。高齢社会は効率優先だけが能じゃないんだけど、と思うが。
 馴染みのお店の店員さんたちとはサヨナラの挨拶をしたけれど、最終日には行かないだろう。 

St330276

 去るデパートもあれば、一方で「もっと、吉祥寺。」というコピーでリニューアルオープンした東急。伊勢丹に入っていたブランドが、けっこう移った。よかった、東急が吉祥寺に前向きで。
  私が子どもの頃からデパートに親しんだ世代であり、歩いてデパートに行ける町に長年住んでいて、デパ地下がスーパー代わりという生活をしているから、なおさらデパートが不況と言われる中でも愛着があるんだろうとも思うが…。

 いずれまたデパートもいいね、っていう時代がくるかな。

農業少女

 東京芸術劇場小ホール1で「農業少女」を観た。タイトルの肩に、「野田秀樹芸術監督就任記念プログラム」とある。作 野田秀樹、演出 松尾スズキの作品だ。

 実家の農業を嫌い、東京に出てくる少女、百子(多部未華子)。東京行きの電車の中で出会う、江戸弁の女(江本純子)、その上司でいかがわしい社会活動家 都罪(吹越満)、百子に一目ぼれした毒草研究家、山本ヤマモト(山崎一)。そこに描かれているのは、農業の大切さ、都市の猥雑。「痴人の愛」のような性欲と、社会活動家の偽善と独裁的な支配欲。そして大衆の”気分”。

 野田の演出による初演は、2000年。客席と客席に挟まれた舞台だった。百子は深津絵里、最後の「農業少女」を植えるシーンが今回の多部と重なるが、多部には、深津のようなはかなさはない。どちらかといえば、少女期にありがちな健康的な逞しさを持っている百子に見える。
 山崎の山本は、いかにも少女に翻弄されそうな気が弱い男。吹越の都罪は、いかにも少女が惚れそうな優男。
初演の野田の山本ヤマモト、松尾の都罪はどこかグロテスクだった記憶があるのだけれど、山崎や吹越は実際にいそうな人物像で(二人とも上手い)、その分わかりやすい。

 このように松尾演出は戯曲の構造をわかりやすく見せる。それはともすると悪(都会、大人)vs善(自然、子ども)の単純化した図式に集約されるのだが、いやいや、この戯曲はそんなことをいいたいのではないと思う。対立的な構造では語ることができない混沌とした社会、そして大衆の”気分”は、もっともっとグロテスクなはずなのだ。初演をなぞる必要は無いが、今、この戯曲を上演する主な意図は、その、大衆の”気分”を伝えることにあるのではないか?
 しかしまた、わかりにくければ、伝えられないことも、事実。この芝居で、”わかりやすさ”の功罪を観た気がする。三人の芝居を受ける江本純子がいい。
 
Scan0021  3月31日まで。

春なのに または ポピー

 3月に入ったというのに、寒いですね。

St330272

 ポピー。つぼみが開くまで、萼にしっかりとつつまれているので、何色の花が咲くのかはお楽しみ。暖房している部屋には置いておらず、このところ寒いので開き具合が遅いですが、萼を落として花開くさまは生命力を感じます。クシャクシャな花びらや、くねくねした頼りない茎も、絵になりますね。

  とある席で、「理想の共生社会って、どんな社会ですか?」と訊かれた。

 歳をとっても、障碍があっても、普通の生活ができる社会。普通の生活、というと定義が難しいが、たとえば、自分で近所の商店街に買い物に行って、「今日は寒いね」とか「今日は蕪がいいよ」「じゃあ蕪トンにしよう」みたいな一言二言がお店の人と交わせる社会。高齢になっても、障碍があっても、喫茶店でコーヒーを飲んだり、レストランで食事をしたり、地域の美術館や文化会館で、美術展やコンサートを楽しめる社会だ。

  いま、高齢福祉も障碍福祉も、施設から自宅へ、地域で暮らすこと方向に向かっているが、福祉施設にと自宅の、ドア・ツー・ドアでは、真に地域で暮らすことにはならないだろう。

お店の人と言葉を交わせる機会は、ただでさえ少なくなっている。徹底的に人件費を切り詰めたのか、スーパーーの売り場で店員の姿を見かけることが少なくなった。常連がいるような喫茶店は減り、セルフサービスのカフェばかり。

 
 。

 先の--「農村(田園)へのまなざし」(東京国立博物館 本館)--の記事の中で、こういう展覧会は、区立、市立レベルの小さな美術館で巡回すると楽しいのにね。と書いた。区市町立の美術館やホールは、地域住民が楽しめる場であってほしいと思う。高齢になったり、障碍があったりすると、電車を乗り継いでの外出が億劫になる。大きなターミナル駅で人波に乗って移動するのは、実は大変なことだ。電車やバスを利用するにしても、比較的近いところは行きやすい。そういう人たちが文化的な生活を楽しめるような配慮が、自治体の施設には必要だ。もちろん、その内容が子ども騙しでは意味がない。大型でなくてもいい。充実した良質の内容の展示が、地域の美術館で頻繁に観ることができたら、”美術好き”の裾野が広がるとともに、高齢者、障碍者の生活も豊かになるだろう。

 

「農村(田園)へのまなざし」(東京国立博物館 本館)

 国立博物館で等伯展を観たあと、本館にまわった。

Tohakuhonkan                       (本館外観)

 東京国立博物館は広い。のんびり平常展を観て歩きたいところだが、等伯展を2周したあとでは疲れてしまう。それで、国宝室だけ観て帰るつもりだったが、ふらっと立ち寄った「特集陳列 農村(田園)へのまなざし」が、思いがけない収穫!
 浅井忠と黒田清輝の田園をテーマにした作品の展示だ。

 余談だが、浅井忠は夏目漱石の「三四郎」の深見画伯のモデル。茂木健一郎氏の著書を読んでいるとしばしば「三四郎」が出てくる。あらすじは覚えているが細部はすっかり忘れてしまったので、もう一度読んでみようかと思った。たしか本棚の奥深くに文庫本が眠っているはずだが、簡単には取り出せないので、青空文庫でダウンロードしたばかり。まだ読みかけだけど。

 その浅井忠の作品数は少なく(重要文化財の「春畝」が出ている)、多くが黒田清輝の作品。スケッチ帳も展示されていた。
 黒田清輝といえば、「湖畔」や「読書」など女性を描いた作品のイメージが強かったが、こんなに農村風景や野良仕事を描いていたなんて。
 近代の日本の画家は、代表作は頭の中にあっても、実は意外と知らないことが多い。こういう展覧会は、区立、市立レベルの小さな美術館で巡回すると楽しいのにね。

 特集陳列 「農村(田園)へのまなざし」は 4月4日(日)まで。

 国宝室は、国宝「千手観音像」だった。解説を読みながら、フムフムと観るが、どうも”千手”という発想自体が不気味に思えて苦手だ。

 St330255_3

 庭に咲いていた河津桜の写真を撮りながら、二言、三言、知らない人と言葉を交わして、一足はやいお花見気分になった。もうすぐ本格的なお花見の季節を迎えるが、喧噪の上野公園をよそに、入館料を払わないと入れないし、酔っぱらいもいないから、 ここはゆったりと桜を楽しむことができる。庭園開放は3月13日(土)から4月18日(日)まで。

没後四〇〇年 特別展 長谷川等伯

  待ちに待った長谷川等伯展(東京国立博物館平成館 3月22日まで)。最近は美術展の宣伝が派手になったし、ずいぶん前から告知するので、なんだか”お預け”状態が長い。なのに会期は1か月。終了間近になると慌てそうなので、思い立った日に、即、行くことにした。

 史上最大の回顧展だそうである。国内にある等伯の作品ほぼすべてを展示してあり、「松林図」「楓図壁貼付」「松に秋草図」の国宝三点や巨大涅槃図も見られる。等伯自身が日蓮宗の熱心な信者だったそうだ。そんなわけで、初期の頃は日蓮宗寺院の仏画が多い。
 
 祥雲寺の障壁画「楓図壁貼付」「松に秋草図」にも素朴さというか野趣がほのかに漂う。それが等伯の持ち味で、晩年の水墨画につながるのだろうけれど、雅という点では狩野派に軍配があがるのではないかと思う。狩野派が等伯のことを「あの田舎者が」とて思っていても、不思議じゃない。
 

 Tohaku1
重要美術品「柳橋水車図屏風(右隻・左隻)」。橋は、平等院(極楽)の入り口にかかる宇治橋。
「重要美術品ってなに?」というわけで調べてみた。

 日本の美術品の海外流出を防ぐ目的で、昭和8年に「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」が施行された。この法律は、昭和25年に「文化財保護法」が施行されたことに伴い廃止となったが、「認定されている物件については、同法は当分の間、なおその効力を有する」(「文化財保護法」の附則)と定められたので、いまでも生きている。
 いまの重要文化財程度の価値のあるものと考えていたようだが、実際に認定された美術品は玉石混淆で、文化庁では重要美術品の調査を続け、重要文化財の指定または認定の取消を行っているそうだ。
 この「柳橋水車図屏風」、今も「重要美術品」のまま。その真価がまだ確定していないのだろうか。美術品としての価値はわからないが、私は好きだったけどねぇ。


Tohaku2
                  「枯木猿猴図」(右隻・部分)

 晩年の作品は水墨画が多いが、やはりなんといっても「松林図」。あの静まりかえった、ひんやりとした空気感(もう一つの「松林図」は月が出ているせいか、ひんやりとは感じなかった)。
 この特別展のチケットにも使われ、展覧会のトリでもあり、等伯といえばこれに尽きる。

Tohaku

 東京終了後、京都国立博物館(4月10日~5月9日まで)に巡回。

津軽三味線ユニット「あんみ通」10周年記念コンサート

 2月26日代々木上原「MUSICASA」で行われた、津軽三味線ユニット「あんみ通」10周年記念コンサートを聴いた。

 Scan0015

 あんみ通は、安仲由佳さんと金田一公美さんの津軽三味線ユニット。金田一さんは民謡歌手でもある。女性の津軽三味線ユニットは珍しいそうだ。以前、友だちTさんに誘われて、日暮里の和音というライブハウスで聴いたことがある。民謡をポップにアレンジしたり、オリジナルがあったり。パワーもあって、楽しかった。
 今回もTさんが誘ってくれたのだが、はじめて聴いたときを指折り数えてみると、7年ぐらい経っているのかも。あれからそんなに経っていたなんてびっくりだけど、あんみ通の元気の良さは変わっていなかった。
 この10年に、国内一都一道二府三十五県で500回以上のライヴを、海外では16カ国で演奏をしているそうだ。大活躍だね。

 今回は10周年記念ということで、The Ash Grove というバンドとの競演もあった。あんみ通の曲をやるから、サポートというのかな。そのThe Ash Groveは、アイリッシュ音楽のバンドで、楽器ももちろんアイリッシュ。ボタンアコーデオンはなんとなく名前から想像がつくでしょう? ブズーキはギターみたいな楽器で、たしかギリシャ音楽でも同じ名前の楽器があったなと思い出した。同じものかしら? イリーアンパイプスは、アイルランド゙のバグパイプ。間近にこういう楽器を見られるのも興味津々だが、アイリッシュの音色が日本の三味線とあうのだから面白い。
 最後は「あんじょん」といってあんみ通オリジナルのじょんから節、4連発。やっぱり津軽三味線といえばじょんからで、すごい迫力! 

 この日はあいにくの雨。湿気で三味線の棹がすべりにくくなるようで、盛んに棹を拭いていた。チューニングも大変なんだろう。
 女性ならではの苦労もあるらしい。津軽三味線といえば力強さが魅力で、男性の奏者は足を開いて踏ん張って眉間に皺を寄せての熱演になる。しかし女性だから、足を開かない&笑顔で。 「笑顔って力が入らないんですよね」。鏡の前で、笑顔で弾く練習をくり返したそうだ。80歳になっても、いまの早さで弾けることが目標という。素晴らしい!

 10周年記念のお土産にもらった紅白の落雁。三味線が描かれていて、洒落ている。和の心遣いを感じた。
Anmitu2_2
 

« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »