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2010年2月

ルノワール 伝統と革新

 国立新美術館で行われている『ルノワール 伝統と革新』を観た。

 この前に観た「ルノワール」展は、2008年にBunkamuraザ・ミュージアムの『ルノワール+ルノワール』だった。ピエール・オーギュスト・ルノワールと、次男で映画監督のジャン・ルノワールの作品展。ルノワールは人気が高いから繰り返し紹介されるが、いろんな切り口があるものだと感心した。

 今回の、『ルノワール - 伝統と革新』展では、ルノワール芸術の魅力を4つの章(ルノワールへの旅、身体表現、花と装飾画、ファッションとロココの伝統)にわけ、印象派という前衛から出発したルノワールが、肖像画家としての成功に甘んじることなく、絵画の伝統と近代主義の革新の間で、絶えず模索をつづけた姿をご覧いただきます。(展覧会サイトより) 
 
  第1章 ルノワールへの旅は、彼と交流のあった人の肖像画や縁のある土地の風景画などを展示している。

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団扇や菊の花などジャポニズムの影響が強い「団扇を持つ若い女」。前売りチケットにも使われていた。


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 「ブージヴァルのダンス」。「都会のダンス」「田舎のダンス」とともにダンスシリーズ。ブージヴァルは行楽地だそうでモデルの女性は、ユトリロのお母さんシュザンヌ・ヴァラドン。ちなみに「都会のダンス」のモデルもシュザンヌ。

Renoir3
 三男「クロード・ルノワール」。

 ルノワールといえばどうしたって人物画だが、第2章の身体表現ではポーラ美術館の協力で行われたX線写真と赤外線写真による光学調査の結果を紹介したり、第3章では人物画以外の作品を集めて、と展示に工夫が凝らしてある。
 第3章の「花と装飾画」では、装飾的な壁紙を貼った壁に作品が展示してあり、「そうか、こういう絵だったんだ」と感心した。通常、美術館の壁は展示のための壁。でも、ルノワールの作品は、展示のためではなく、飾るための絵画として作成されたはずで、それに近い雰囲気が味わえた。

 金曜日の午後だったが会期半ばだったので、そんなに混んではいなかった。とはいえ、絵の前には人が集まる。なのに、旅行用のキャリーバックを引いている人がいたり、画板を入れているような大きな袋を下げている人がいたり。キャリーバックの方向が定まらず他の人の迷惑になり、バカでかい荷物は周りの人にぶつかりやすい。こういう大きな荷物を持っている人には、美術館側で入場の際に注意すべきだ。ロッカーに入らないなら、カウンターに預けるよう促してほしい。
(追記:杖代わりのキャリーバックとは異なる旅行用のキャリーバックだった)

 
  東京展は4月5日まで。その後、大阪の国立国際美術館で4月17日~6月27日まで。 


男子フィギュア! 

 高橋大輔選手  銅メダル おめでとうございます!
 織田選手の靴ひものトラブルはもったいなかった気がするが、それでも7位と健闘。小塚選手も4回転が決まって8位。3人そろって入賞は素晴らしい。

 長年のフィギュアスケートのファンだ。なかでもアイスダンスに夢中だった。なんといってもサラエボの、トービル&ディーン(英)のボレロ。銀メダルだったベステミアノア&ブキン(ソ連)はかっこよくて、銅メダルのクリモア&ポノマレンコ(ソ連)が可愛いかった。でも、ボレロが伝説になった。
 次のカルガリー大会で、アイスダンスはベステミアノア&ブキンが優勝した。そのとき男子で優勝したのがアメリカのブライアン・ボイタノ。それから22年ぶりに、今大会でライサチェックがアメリカ選手として金メダルをつかんだ。
 ボイタノが優勝したカルガリーの男子銀は、キム・ヨナのコーチのブライアン・オーサー。ボイタノは力強く、オーサーはしなやかで、どちらかといえば私の好みはオーサー。オーサーといえば、エキジビションの「ピンク・パンサー」を思い出す。
 その頃の日本男子は、ふるわなかった。

 だから、いま、3人とも入賞という記録は感慨深い。ましてや銅メダルだもの。それも高橋選手は、歴代の日本男子が苦手としてきた表現力の評価が高い。技術はもちろん、男の色気を武器に戦える選手が日本に出てくるなんて(今後続いて出てくるかは心配だけど)、すごいわぁ。
 今回の高橋選手は怪我からの復活というドラマもあって、テレビで観ているほうもジーンとしてしまう。

 と、日本選手の活躍を喜びつつ、国を越えて好きな選手も大勢いる。なかでも、あの長身、あの立ち姿、あの強さ。優勝したライサチェックは、やっぱり実力者だと思う。彼の優勝を心から祝福したい。
 靴紐のトラブルの後、演技を再開した織田クンに送られた会場の声援は、優しかった。それも、とっても印象的だった。

ハーフパイプ

 ところでスノーボードハーフパイプの、國母選手。服装についてのニュースをはじめにきいたときは、現在のオリンピック代表選手団の中では服装規定違反なんだろうから、「まあ、叱られたんだろうな」ぐらいに思っていた。
 でも、だからって、そこから騒ぎが大きくなりすぎだ。服装よりも生意気な態度が世間のカンに障ったんだろうが、罪を犯したわけでもあるまいし。

 もっともいやーな気持ちになったのは 在籍する大学がこの騒動に配慮して応援会を中止したと、聞いたとき。学生への教育・指導に努めるのなら、こんなときこそ応援してあげればいいのに。それが同窓の仲間ってものじゃないだろうか? 

 彼の功績は8位入賞と、ハーフパイプを日本中に有名にしたこと。ハーフパイプ、何回も宙を舞って、人間業とは思えないよ。

『2011年  新聞・テレビ消滅』

 佐々木俊尚『2011年  新聞・テレビ消滅』(文春新書)を読んだ。

 佐々木氏は、元毎日新聞の記者で、インターネット分野を中心に活躍するフリージャーナリスト。センセーショナルなタイトルだが、新聞、テレビの衰退でマスメディアがなくなるだろうと予想している。ITが優位に立ち、ミドルメディアの時代が来るそうだ。 新聞はその衰退が言われて久しいが、最近はテレビの内容も広告主もずいぶんと変わった。それから、いうまでもなくインターネットはとっても便利。素人目にもよくわかる。購買と広告がふるわないメディアは衰退する。その通りだろう。題名にひっぱられると驚くが、マスコミとしての新聞、テレビはなくなっても、新聞、テレビという形態はなくならない。

 面白かったのは、中堅の新聞記者が育っていない、という話。失われた10年の就職氷河期に新人を採用しなかったツケが、いま来ている。そうか、だから報道の質も落ちるのか。

 でも私の周りには、相変わらず「テレビはNHKが好き」「新聞は4紙購読」というもいる。その人たちがネットを利用していないかといえば、そうでもない。ヘビーユーザーではないけど、ネットを拒否している人たちではない。それに、私が経験した市区レベルの市民活動では、インターネットなんてほとんど役に立ちはしないし(役立つのだが、使わない)、評価されない。メール連絡さえレスが遅いのなんて日常茶飯事だし。その格差につくづく驚くのだが、マスメディアとしての新聞、テレビが無くなったからと言って、インターネットに興味がない人がインターネットをすぐ使いはじめるとは思えない。
 新聞、テレビのユーザーは、それがマスメディアだろうとミドルメディアになろうと、たいして気にしないのではないだろうか。

『TALK LIKE SINGING』

  「TALK LIKE SINGING」。作・演出 三谷幸喜、作曲・音楽監督 小西康陽、主演 香取慎吾のミュージカル、東京凱旋公演だ。

 メロディをつけて歌うことでしかしゃべれない青年ターロウ(香取)は、社会に受け入れられない。そんなターロウを治療する精神科医のダイソン博士(川平慈英)と、言語学者のニモイ(堀内敬子)。ターロウの数少ない理解者は、これまたちょっと変わったブラザー(新納慎也)。ターロウに接しているうちに、ニモイはターロウから歌を取り上げることに疑問を持ち始めるが、ダイソンは学会で注目を浴びることを目論み治療を続ける……。

 三谷さん、巧いな。ニューヨークで初演されることを念頭に置いて、日本語と英語の台詞と、音楽を巧みに使っている。万国共通の言葉と言われる音楽を正面から扱い、そしてタモリがよく指摘するミュージカルの「突然歌いだす不自然」を逆手にとった設定。英語にも日本語にも字幕や通訳がつき(その付け方にも工夫が凝らしてある)、そして自分と違う人を受け入れる、ということを問う。メッセージ性のある素敵なミュージカルになった。
 
 香取あっての企画だったらしい。ターロウは純粋な青年で、香取の笑顔やおおらかさがとてもいい具合に活かされている。だから、この人あっての、というのは頷ける。が、香取を支える三人の俳優が、これまた素晴らしいのだ。
 オープニング、英語のトークで観客を笑わせ、一気に芝居に引き込む川平。英語はこの人に負うところが大きいし、進行役で、歌もダンスも、隠し(?)芸も見せる大活躍。この人がいなかったら、この芝居は成り立たなかったんじゃないか、と思う。
 一人何役もこなす堀内と新納。歌もダンスも、この二人にいまさら「上手い!」といっては失礼なのだが、やっぱり上手い。堀内が持つ透明感がニモイにあっているし、バイト先の店長もブラザーもニューヨークを意識したキャラクターだと思うが、これらキワモノっぽい役をすべて引き受ける新納はカッコイイし、本人も面白かっただろう。三人ともホントに芸達者だ。香取も含めて三谷作品常連の役者たちで、信頼している役者を集めて(もちろんスタッフもなんだろうが)、三谷さんがニューヨークに乗り込んだ、といったところなのだろう。三谷作品ならではの小さなギャグもいつもどおり詰まっていたし、ときどき舞台上で見せる早着替えの様子や、バンドの使い方もオシャレだった。

 テレビで、ニューヨーク公演の様子を見た。ニューヨーク公演の劇場は850席、東京公演の赤坂ACTシアターは1320席余と、一まわりACTシアターのほうが大きいが、つくりは似ているみたいだ。ニューヨークでも好評だったようだが、東京公演も沸いていた。観劇後は幸福感に包まれ、帰り道は「TALK LIKE SINGING」のフレーズが頭の中でまわっていた。

 「チケット争奪戦で絶対無理!」と半ばあきらめていたが、一般発売日後に空席を見つけたラッキーな公演だった。何事も「あきらめない」が、肝心!

受験シーズン

  昨日、近くのコンビニに行ったら、駅のほうに向かってゾロゾロと歩いてくる若者たちに出会った。疲れた顔で、絶え間なく、ゾロゾロゾロゾロ。道のところどころに、腕章をつけたオジサンたちが立っている。
 そうか、きょうはS大学の入試だったんだ。試験が終わったんだね。

 この寒空に、高校の制服だけの子も。前日は東京でも雪混じりの天気だった。昨日も昼間でもキーンとした空気。いくら若くても、コートを着ないと風邪を引くんじゃないか。今年は不景気で受験生は出願校の的を絞ったというけれど、受験はまだ続くだろうに、と心配してしまった。
 
 

葛飾応為「吉原格子の図」

 太田記念美術館開館30周年記念 特別展『江戸の彩 -珠玉の浮世絵コレクション』に行った。
 太田記念美術館は、博多の豪商の出身で、東邦生命会長を務めた五代太田清藏(1893~1977)が収集した浮世絵コレクション約1万2千点を中心にした浮世絵専門の美術館。若い頃から絵画が好きで、浮世絵の多くが海外に流出したことを嘆き、コレクションしたという。こういう人がいてくれて良かった。

 30周年おめでとう! なのだけれど、今回私のお目当ては、葛飾応為「吉原格子の図」。
 応為は、葛飾北斎の絵を手伝った、北斎の三女お栄の雅号だ。北斎が「おーい、おーい」と呼ぶことから「応為」となったという。北斎を手伝っていたことはよく知られていて、合作の作品もわかっているようだが、「応為作」は少ない。
 いつか見たいと思っていた。

 2月7日の昼下がり、『おんな北斎』というテレビ番組を見ていた。内容は北斎とお栄の話で、「ふむふむと」と見ていると、「吉原格子の図」が解説され、現在太田記念美術館で公開中というではないの!
 そりゃあ、この機会を逃さずに観に行かねば!


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 実物は掛け軸に表装されていて、並んでみていた人が「額縁のほうが合いそう」と言っていたが、そうかもしれない。
 光と陰。番組ではレンブラントを引き合いに説明していたが、実に見事。当時日本では、こんなふうに光と陰を描いた作品はないそうだ。
 明るく照らされた店内、格子越しに覗く客の影法師、提灯や看板の灯り……。そしてよく見ると、店の中が明るく照らされ遊女が大勢並んでいるのに、顔がはっきりわかる女は一人だけだった。写実のようでいて、これも計算なのだろうなあ。吉原は、光に照らされて賑わいのあるほうが、実は闇なんじゃないだろうか。
 女絵師が活躍できる時代ではなく、女の名では売れなかったようだが、”売る絵”ではなく、”描きたい絵”だったんだろうと思う。
 
 特別展『江戸の彩 -珠玉の浮世絵コレクション』は、2月24日まで。

『化粧する脳』茂木健一郎  

 先日、証明写真を撮りに、地元の写真館に行った。昔、証明写真はちいさなカメラ屋さんで撮ってもらったが、いまはそのカメラ屋さんはない。あるのは写真館か、街角のセルフサービスのブース。自分一人で撮るのは嫌だったので、「おおげさな」と思いつつ写真館に行った。
 卒業記念の前撮り、はたまた時季外れの七五三の記念写真の撮影に混じって、証明写真のお客が入る。変な感じだ。「就活セット10枚焼き増し」というパックがあった。私が学生時代に就職活動(就活とは絶対に言わない時代。それだけで落ちそうだと今でも思う)をした頃は、やっと大卒女子を採用する一般企業が出てきた頃で、「就職したいなら短期大学か専門学校へ進学しなさい」と言われたものだ。景気は悪くなかったが、大卒女子の就職は狭き門だった。でも、私も周りの友達も、写真を10枚も使わなかった。その後の再就職のときも。いまがそれだけ不景気なのだろうし、機械的に弾かれないからかえって的が絞りにくいこともあるんだろう。
 ”就活”でない私は「証明写真2枚付き」を選んで、カメラウーマンのお姉さんの前に座った。「はい、少しほほえんで」「はい、口角をあげて」。若干の修正付きで仕上がってきた写真は、自分の顔としては「まあ、こんなものでしょう」で、母に似ていた。
 
 4年前に病気をして、その薬の副作用がいろいろあった。自分の顔の印象が短期間で変わるというのは嫌なものだ。お医者さんは治療が終われば元に戻ると言ったが、復活には時間がかかった。自分の印象では8割方戻ったが、2割は戻らなかった。それでも、こうして写真を撮ると母に似ている。昔から、私は母親似だと言われていたし、少々早く老けたということか。「眉が薄くなって」と嘆いたら、友人Aさんに「私なんて若いときから薄い」と一笑に付された。
 そういえば、友人Bちゃんが結婚式のときに新婦としてのお化粧をしてもらうのが嫌だったと言ったのを思い出した。「とくに眉を整えられるのは、自分じゃないみたい」。彼女はキリリとした眉をしていた。ウエディングドレスだったからキリリとした眉でも似合ったのにね。
 元気な女性は眉がキリリが基本だ。ほら、イモトだって、あんなに太い眉が似合っているのは、すばらしい珍獣ハンターだからではないか。病気が治っても、病人くさい顔では、社会復帰のハードルは高い。また、病人くさい顔では、人は話をまともに聞いてくれない。外見がオバサンくさい(生活くさい)とバカにされる、あれと同じ。人前で話しをしたときの写真を見て、自分がどのように見えるのかも、意識した。一過性ならまだいいが、写真に残るし、いまではビデオもあるから”印象”というのはコワイ。リピートされる第一印象。

 若い頃から、綺麗になりたいという 願望は人並みにあるものの、同時に面倒くささも感じている。油断すると日焼けがやけどになるからスキンケアには少々気を付けてはいるが、メイクアップは身だしなみ程度。もちろん私にだって勝負化粧をする日もあるが、健康に見えることが基本。

  昔は、卒業を控えた高校の女子に、新社会人の身だしなみなとして、メイクアップの仕方を教える講習があったと聞く。いまでも女子校の中には、マナー講座としてメイクアップを教える学校があるそうだ。私自身はそんな講座とはまったく縁がなかったが、お化粧=大人の女性の身だしなみという概念は、すり込まれていたと思う。大学に入ったころから、お化粧をはじめた。

 テレビで、インタビューを受けていた市川海老蔵が、インタビュアー の女性アナウンサーに向かって「雑な化粧ですね」と言っていた。見ていた私は唐突に「雑な化粧」という言葉が出て「へ?」と思ったが、お年頃の女性アナはひるみもせずに「そうですか。いつもより念入りにしてきたつもりなんですけど」と答えた。
 それ以来、鏡に向かって化粧をしているときに、「雑な化粧」という言葉がたまに浮かぶ。私のメイクは、たぶん雑。
 デスクワークならお化粧もそんなに崩れないだろうし、化粧直しもいつでもできるだろうから、いつも綺麗でいられるだろうが、外出先ではそうそうお化粧はなおせない。ガーデニングの仕事をしているCさん。庭仕事をした後は汗でお化粧が崩れているが、汗を拭きながら笑っている顔に、赤い口紅が映えて魅力的だ。
 相棒Kちゃんは仕事帰りに貧血だと思われて、電車で席を譲られたそうだ。「大丈夫といっても、譲ってくれた。どうしてだろうって考えたら、お化粧直しをしなかったから、口紅も頬紅も落ちていたんだね」。大人の女性はお化粧をするものと相場が決まっているから、色味のない顔=具合悪い人という先入観が働いたのではないだろうか。それ以来「口紅と頬紅はちゃんとすることにした」そうだ。

 ある日、Dさんが大きなマスクをしていたので、「風邪?」と訊いたら「きょう、お化粧してないの」という。目鼻立ちがしっかりしていて可愛い人だ。たしかに彼女はきちんとお化粧をしているほうだけれど、化粧直しはあんまりしないようで、素顔に近い顔も何度となく見ている。その日は午後からパーソナルカラー診断を受ける予定で「お化粧をしないできてください」と言われたのだとか。「スッピンでも十分綺麗なのに!」と言ったら「やっぱり気になる」と。「プール行くようになったら、すっぴんも気にならないわよ」。
 ウチから10分もしないプールに通うとき、水中歩行なので顔を水につけるわけではないが、私はほとんどスッピンだ。行き帰りに日焼け止めを塗るのは、お化粧といわないだろう。でも、たぶん、プールが駅前にあったら、10分の距離でもお化粧するかも。家族とプール以外で、スッピンの顔を一番みせているのは、宅急便のおにいさんだ。
 といってもそれは、全部私のオフの時間。Dさんとあったのは彼女の仕事場で、他の人もたくさんいたから、彼女が意識したものもわからないではない。
 誰に訊いたか忘れたが、在宅で仕事をしている人でも、お化粧をしてからその日の仕事をはじめる人がいるそうだ。たしかにウチが仕事場の場合、気持ちの切り替えが難しい。お化粧をするとシャキッとするのだろう。
 
 オン・オフの切り替え装置としての化粧。
 そして、身だしなみとして位置づけられている以上、女性は化粧をしたほうが、社会参加しやすい。周りもスムーズに受け入れてくれる。社会参加のパスポート、とでもいおうか。
 「就活」の証明写真にだって薄化粧は欠かせない。女性のほうが見た目で判断されやすい、そのハンディを克服しますよ、といわんばかりに、どこでも証明写真のサンプルは女性だった。

 講師をしている文章講座(高齢者のミニデイサービス)には、いろんな受講者さんがいる。中には、大病をされた方や、いまも病気とつきあっている人も。でも、女性はみんなお化粧をしている。「いつまでも美しくありたい」など、人それぞれ理由はあるだろうが、まずは身だしなみとして。世間と隔離された病人、老人ではなく、文章教室に通うことで地域交流している、社会的な人間であることの証しなのだと、私は思う。

 そんな、まとまりのつかないことを思いながら、茂木健一郎『化粧する脳』(集英社新書)を読んだ。 

中西俊博コンサート Leapingbow 2010

 青山円形劇場で行われた「中西俊博コンサート Leapingbow 2010」。今年は、Reel's Trip と銘打っているが、おなじみの曲も多い。
 私はてっきり中西さんはアイリッシュ系の音楽が好きなんだと思っていたら、なんと「アイリッシュはあんまり好きじゃなかった」という発言が飛び出して、超ビックリ。そうだったのか! 「若いときは」がついていたのを聞き逃がしたのか、よくわからないが、アイリッシュをいま風のサウンドにアレンジするのは好きらしい。衝撃の告白だったが、一部の終わりはAmericanWakeで盛り上がり、二部のRiverdanceでも盛り上がった。やっぱりアイリッシュ、好きだよね。

 円形劇場はまんなかがホントに円形ステージになるステキな劇場で、劇場『ア・ラ・カルト』で慣れているせいか、円形でやるならやっぱり丸く使ってほしいと思う。額縁舞台のレイアウトもできるけど、それじゃあちと物足りない。出演者にとっては(特に演劇の場合は)制約が多いし、後ろ姿が丸見えだから、たぶん難しいステージだと思うのだけど(そういえば『ア・ラ・カルト』も10年目までは額縁でしたね)、客席との距離が近いし、出演者の後ろ姿が見えるのも、また意外な一面が見えて面白いのだ。

 その円形ステージの周りを囲むように、木村将志(ベース)、ファルコン(ギター)、伊賀拓郎(ピアノ&キーボード)、中西俊博(ヴァイオリン)、そして紅一点のはたけやま裕(パーカッション)のポジションがあり、私の座席はちょうと、中西さんと裕ちゃんがよく見える席で、オープニング、中西さんが向かいの扉から現れたときには、私のために弾いてくれているのかと錯覚できるほど、幸せな席だった(その後もたびたび錯覚に陥った)。

 中西さんに近いのも幸せなら、裕ちゃんの背後でパーカッションの操り方(?)を観られたのも幸せ。パーカッションは、四角いステージだといつも後ろの方に陣取っているから、ここぞとばかりに見入ってしまった。そして二部の冒頭、中西さん相手にインドの楽曲Lukiを演奏し、ステージを回る裕ちゃんの姿は、ダンサーみたいに綺麗だった。裸足の足も綺麗だし、手指も綺麗。自分のポジションでも、まさに四肢を駆使して楽器をたたいていて、これじゃあ靴なんてまどろっこしくて履けないだろう。二部で披露した、裕ちゃん作曲の「1928」は、美しいが重くるしさを感じる曲で、「第二次世界大戦へと向かう時代の狂気」を表現したと言っていた。そうだね、翌年の1929年は世界大恐慌で、そして第二次世界大戦と向かっていくのだ。

 はたけやま裕とファルコンははじめて聴くアーティストだったが、また聴いてみたい。しかし、ファルコンってハヤブサでしょう? そういえばファルコンのイメージはクールな感じだったが、なぜにファルコン? 中西さんのライブにいくと、上手い若手をいっぱい知って、また彼らのライブにも通いたくなる。ベースの木村クン(まーくん?)とピアノの伊賀クンは、中西さんとのトリオでも聴いていて、好き。
 編成が変わると、同じ曲もどんどんと表情を変えていく。当たり前のようだが、このライヴはあんまり聴けない音だったと思う。

 木村クンと伊賀クンがフォトンというバンドのメンバーで、そのバンドに真部裕クンが入るのだと情宣していたが、客席にその真部クンがいた。帰りがけに彼の側を通ったので軽く会釈したら、ちゃんと返してくれた。中西さんとのライブでも好青年だわって思ったけど、やっぱり好青年だった。直近のフォトンのライヴは日にちがあわなくて残念だけど、木村くんと伊賀くんと真部クンがいるなら、絶対応援しちゃうよ。だって、ホントに上手いんだもん。

 こうして今年のライヴ通いが、贅沢にはじまったのだった。

立川談春 独演会

 1月26日、三鷹の芸術文化センター星のホールで、立川談春独演会を聴いた。

 演目は
 「元犬」 こはる
 「百川」 談春
  中入り
 「包丁」 談春

 前座のこはるは、ボーイッシュな女の子。女性の噺家を生で聴くのは、はじめてだった。初々しい語り口だけれど、ハキハキしていて好印象。頑張れ!
 
 談春さんは、春夏秋冬三鷹で公演を打っているらしく、今回は「冬」の会なんだが、落語の四季はもう春で(というか、お正月は新春っていうぐらいだから)、「お役所の四季なんでしょうねぇ」とため息をついていた。野暮だねえ、って思ってるんでしょうね。
 独演会を三回聴いて、だんだんわかってきた。談春さんは、遊び人の江戸っ子が上手いんだね。「包丁」に登場する男も女房に食わせてもらっているのにダメダメの遊び人。もう一人も、その遊び人よりちょっとはマシだけれど、所詮どんぐりの背比べのダメダメ加減。それでも女といい仲になる。この夫婦の後日談を想像しちゃう。旦那、家を追い出されてないといいけど。

 星のホールは250席ぐらいの劇場で、落語を聴くにはちょうどいい大きさだ。だけど”来年度”の談春さんの公演は三鷹公会堂(850席ぐらい)だというから、ちょっと残念。人気があるからだろうけど、大きなホールで落語の表情や所作が、楽しめるんだろうか?
 3月には柳家花緑を星のホールで聴く予定。花緑さんは落語より先に「宝塚BOYS」で役者として観ている。順番が逆になってしまったけど、花緑さんの落語、楽しみだ。

 そうそう、談春さんのときに隣に座った男性が、熱心にメモをとっていた。本格的なファンみたい。すごいな。

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