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『訳者解説 新教養主義リターンズ』

東京にみぞれ混じりの初雪が降った12日。久しぶりに、冷え冷えとした電車に乗った。三鷹発の東西線に隣の吉祥寺から乗ったから、まだ暖房も効いていなかったし、乗客もまばらだった。「東京の寒さでこんなことをいうのは申し訳ないけれど、もうちょっと暖房強くしてほしいな」と思ったときに、ふと「先進国の多くの人々は、温暖化議論や排出削減が、なにやら優雅なライフスタイルの問題だと思っている。」というハナシを思い出した。


 山形浩生は『訳者解説 新教養主義リターンズ』(バジリコ)の中の、ビョルン・ロンボルグ著『地球と一緒に頭も冷やせ!』の解説で、こんなことを言っている。

 先進国の多くの人々は、温暖化議論や排出削減が、なにやら優雅なライフスタイルの問題だと思っている。みんなちょっと自動車を控えましょうとか、ちょっと電気を消しましょうとか、裏紙を使いましょうとかスローライフとか。でも実際は違う。それは社会全体に対し、もっと失業者を増やせとか、もっと早死しろとか言うに等しい話だ。そして、実際そうした選択を自主的にではなく外圧によって強制されている人々がいる。それでいいんだろうか。あなたは排出削減軽減で生活水準が低下する人々のところへ行って、おまえたちは貧しいままでいろと言えるだろうか?
 この前に、山形は本業の開発援助で赴いた、インド洋の島国の事情を語っている。そして、結びはこうだ。

 本書を読んでみなさんが少しでもそうしたことに思いをはせてくれれば、と思う。温暖化や排出削減そのものを自己目的化せず、それがそもそも何のためだったのかを今一度考え直してくれればと思う。温暖化の危機を訴え、排出削減を唱える人々の、善意は否定すべくもない。だがそれは何のためだったんだろう。人々の苦しみや被害を削減し、なるべく多くの人によりよい暮らしをしてほしいから、ではなかっただろうか? 本書で人々がその善意の原点にまで立ち返ってくれれば、これに勝る喜びはない。
 
 そうなんだろうな。地球上のすべての国を一律○%というやり方は乱暴だし、排出削減が錦の御旗っていうのもなにやらキナ臭いというのは、私のような環境問題に疎い者でも、もう感じている。なにを隠そう、ゴアの『不都合な真実』に驚いたのだけれど、かといって私自身の日常はたいして変わっていない。
 温暖化や排出削減そのものを自己目的化せず、という山形の指摘にも、大きく頷く。私が関わっているユニバーサルデザインという分野も、ユニバーサルデザインが「なるべく多くの人がよりよい暮らしをするために」という目的のための一手段のはずなのに(ここがわからない研究者がいたからビックリなんだけど)、「高齢者、障碍者とともにどういう社会をつくっていくのか」というヴィジョンは置き去りにされているように思えてならないのだ。

 ロンボルグの『地球と一緒に頭も冷やせ!』を、読んでみようかな。

 この『訳者解説』という本は、山形が訳した本に書いた解説を集めたもので、解説だけがずらりと並ぶ。本来ならば解説は本文とセットで読むものなんだろうけれど、独立した読み物として読者をひきつける。

 ぼくの解説は、よいところは十分に説明すると同時に、ダメな部分についても(営業的な配慮を度外視して)きっちりと批判するのが売りではある。
 
 山形には『新教養主義宣言』(晶文社・河出文庫)という名著があって、とくに冒頭の「プロローグ 心ときめくミームたちをもとめて」には考えさせられることが多い。「ホントにわかってるの?」という声がどこからか聞こえてきそうだが、歯が立たないのは認めた上で、私にとっては思考が行き詰ったときに読むと堂々巡りから抜け出せる特効薬で、希望がわくのだ。
 山形は、ときとして文体が乱暴(態度がでかい)と感じることもあるが、視点はとても誠実で、前向きだ。 

 


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