2014年11月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

Twitter

無料ブログはココログ

« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »

2009年12月

2009年の観劇

 「クリスマス週間!」と言って浮かれていたら風邪を引いてしまい、28日にダウン。家族が忘年会に行ったあと、一人でうどんを食べながら、フィギアスケートのエキジビションを観ていた。
 熱が出たのはその一日だけだったが、なんだか情けない年末になってしまった。机の周りを軽く片付けて、大掃除は来年に持ち越し。年賀状をつくり、ネットスーパーで買い物をして、と、最小限のお正月の準備をしたあと、本を読んだ。

 その中で演劇に関する本が二冊。『僕と演劇と夢の遊眠社』(高萩宏 日本経済新聞社)と、『だから演劇は面白い!』(北村明子 小学館101新書)、どちらも 80年代の小劇場をリードした夢の遊眠社の制作に携わった人の著書だ。80年代、小劇場(観劇)にのめり込んだ私にとっては、その時代の夢の遊眠社のことが事細かに書かれている前者の方が興味深かった。野田秀樹と別れた高萩だが、現在は東京芸術劇場の副館長。野田秀樹が、2008年4月から東京芸術劇場の芸術顧問、2009年7月に芸術監督に就任した。その経緯については、詳しくは触れられていないが、偶然ではないだろう。 
 野田が就任したすぐ後の、『ザ・ダイバー』を観たときに、小ホールの脇の展示室で、夢の遊眠社からのが作品の上演ポスターが展示されていた。私は駒場時代の遊眠社は知らないし、チケットがなかなかとれなくて、継続してみ続けるということができなかったので、必ずしもいい観客ではなかったのだけれど、なつかしかった。

 野田の芸術監督就任と、3月のシアターTOPSの閉館、それから『ア・ラ・カルト』の再出発は、私にとって事件だった。

 今年、本数はそんなに観ていない。自分自身が忙しかったとか、新インフルエンザのウワサでチケットをとるのを控えたとか、観たい芝居はチケット争奪戦だったとか、コンサートやライヴに夢中っていうこともある。いろいろ理由はあるが、どうしてもみたいと思う芝居が(というか活気が)、近年減ってきているように思う。
 
 クリスマスシーズンの『ア・ラ・カルト』をはじめて観たときは、日本にこんな小粋なエンタテイメントがあるのか!と興奮した。今年は白井晃、陰山泰が抜けて『おしゃべりなレストラン ア・ラ・カルト リニューアルオープン 準備中』として上演された。白井と陰山が抜けて心配したけれど、常連のファンはそうなることを薄々予感していたと思う。今年のステージは髙泉淳子の芸達者ぶりがクローズアップされ、中西俊博率いるミュージシャンの生演奏がなくてはならないことも再認識した。
 高泉淳子は、若い頃から芸達者な人だった。何人もの人物を演じて、歌って、踊って。さらに、今年は引っ張っていかなくちゃと頑張っているだろうから、髙泉の力が突出するのはしかたがないが、ギャルソンをやった山本光洋、本多愛也も味があって、定着してくれると嬉しい。本多のブルースハープ、チャーリー山本のテーブルクロス引き、すごいな。
 再出発となったことで、改めて『ア・ラ・カルト』は、役者、ミュージシャンの素晴らしい技で成り立っているエンタテインメントだという思いを強くした。


 ブログに感想を書きそびれていたけれど、『海をゆく者』も、いい舞台だった。『シュート・ザ・クロウ』と同じく、アイルランドの戯曲。小日向文世、吉田鋼太郎、大谷亮介、浅野和之、平田満と上手い役者がそろっていて。そう思うと、足を運んだ芝居は”あたり”が多かったかもしれない。少数精鋭?
 
 テレビで観られるような芝居を、劇場で観たいとは思わない。野田秀樹が面白い芝居を紹介してくれるなら行ってみたいし、『ア・ラ・カルト』は、なくならないで嬉しかった。深みのある翻訳劇も好きだ。観劇本数は減っているけれど、まだ演劇ファンでいたいと思う。
 

表参道 09.12.25

 表参道のイルミネーション。夕方で、まだ明るかったので、ロマンチックではなかったのだが……。

St330204

神道とキリスト教が共存していた。

クリスマス週間

 我が家の今年のリース。

St3301831

 玄関の外に掛ければいいものを、玄関の中に掛けている。

今日で今年の大きな用事を終えたので、明日からクリスマス週間!
25日までなにかしらクリスマスの予定が入っているなんて、若い頃みたいだわ!
若い頃と違って、しなくちゃいけないあれやこれや、溜まっている用事がたくさんあるのが”大人”になった証拠でしょうか……。

ロートレック・コネクション 愛すべき画家をめぐる物語

 ロートレックと、ロートレックと交友関係があった画家たちの作品を集めた展覧会『ロートレック・コネクション』 (bunkamuraザ・ミュージアム。12月23日まで)に行く。


1

 ミーハー的美術愛好家の私は、ロートレックが大好き。冠の展覧会に何回か脚を運んだことがあるが(最近だと2008年2月のサントリー美術館)、切り口がいろいろ工夫されていて面白い。
 
 どんなコネクションがあったのか、詳しくはザ・ミュージアムの特集サイトを見てほしいが、会場で配られているリストに載っている「ロートレック・コネクション」がわかりやすい。お師匠さんのルネ・プランストー(馬の絵がステキ)、影響を受けた先達にマネ、ドガ、それからいろいろ、いろいろ名前があがって、主治医やモンマルトルの芸人たちの名も。19世紀のパリって面白いな。この人だから、多彩な顔ぶれなんだろうけれど。ロートレック本人は、他人を受け入れる許容範囲が広いのだろう、とは思う。だってゴッホともお友達だもん。
 ゴッホと友達といえば、ゴーギャンの作品もあった。9月に近代美術館で観た「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」のイメージが強烈なので、これがゴーギャン? そういわれればゴーギャン?

 Scan0145
「ブルターニュの少年の水浴(愛の森の水車小屋の水浴、ポン=タヴェン)」

 
 ロートレック本人の絵も十分に堪能できる展覧会。
最近は「○○とその時代」的な美術展に○○目当てで行くと、点数が少なくてがっかりすることもあるけれど、見応えバッチリだった。展示の仕方も垢抜けているし、サ・ミュージアムとロートレックって相性がいいみたい。そういえば、昔、ここでロートレック観たなあ、と懐かしくなった。


 

中村紘子 デビュー50周年リサイタル Vol.2

中村紘子 デビュー50周年リサイタルを聴きに行く。その前に、minobiでランチ。

 minobiには11月もボジョレー・ヌーボーを飲みに(いやいや美味しいお食事を食べに?)行ったのだけど。そのときは当日に襲撃。今回はちゃんと数日前に予約を入れて。
 お料理を食べるのに忙しくて、写真を撮らなかったので、MENUはこちらから
最近、ロールケーキのテイクアウトをはじめたそうだ。ここのロールケーキはとってもキメが細かくて、”ふわしっとり”っと、口当たりがよい。まっすぐ家に帰る日ならお土産にするんだけど、今日はひさしぶりにいただきました。うーん、美味。
  
 田町から上野に移動。会場までまだ時間があるので、中央口に降りてみた。上野といえば、公園口に出ることが多いので、中央口はあまり知らない。

Ueno
レトロな雰囲気の駅舎だが、やっぱり馴染みがないと落ち着かず、公園口に回る。

 西洋美術館が、前庭をライトアップしていた。ガーデン・イルミネーションといって27日までの、「美術館でクリスマス」というイベントのひとつだそうだ。
091212_171302

Seiyo
ロダンの「地獄の門」も、こんな風に照らされていた。神様もクリスマスシーズンには、地獄に光を与えるのかしら?


 開場までまだ15分ぐらいあったのに、東京文化会館のロビーはすでに混み始めていた。
クラシックコンサートって、ホールが開くのをお客さんが待ちかまえている。そこいくと、演劇はあんまり開場時間に混み合わない気がする。なんの違い? お客さんの気質?

 曲目は、1961年12月東京文化会館でのデビュー初リサイタルの再現プログラム
ちょうど同じホール、同じ季節なのですね。

スカルラッティ=タウジッヒ:パストラーレとカプリス
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番 ハ長調 op.13「悲愴」
シューマン:謝肉祭 op.9
フォーレ:ワルツ・カプリース第1番 op.30
ラフマニノフ:2つの前奏曲 変ホ長調 op.23-6
ラフマニノフ:2つの前奏曲 ト短調 op.23-5
ショパン:バラード第1番 ト短調 op.23
ショパン:練習曲 変ト長調 op10-5 "黒鍵"
ショパン:練習曲 ハ短調 op.10-12 "革命"
ショパン:ポロネーズ 変イ長調 op.53 "英雄"
 
この人は、椅子の位置さえあえば、すぐに弾きだす。ピアノの前でしばらく精神を集中させて、なんて、もったいはつけない。
逆に言えばすごい集中力なんだと思う。50年もの間、第一線で演奏を続けているというのは、そういうことなんだろう。円熟という言葉がぴったりだ。

ああ、”割れんばかりの拍手”というのは、こういうことを言うのね。
次から次から、大きな花束が贈られる。

091212_202301

アンコールの最後が、いつも幻想即興曲なのは、お約束なのかしら? これをやらないとファンが満足しない? それとも、これを弾いたらお別れの合図?
幻想即興曲の余韻とともに、帰宅。


丸の内界隈(2009.12)

 勤めていたときの、上司や先輩とランチ。懐かしい丸ビルへ行く。懐かしいと言っても、私が通っていた頃は、ふるーい丸ビルで、丸の内も静かなオフィス街だった。

JR東京駅を降りると、中央郵便局の変わり果てた姿が…。
St330170_2
あーあ。この街やこの建物に馴染んだ者の感慨とは、またちょっと違った腹立たしさを覚える。「これ以上高いビル建てたって、人口減っていくのにどうするの?」というのが、私の持論。
 時計の針がはずされた中央郵便局を見て、「郵政改革ってなんだったんだろう」とも思う。

ま、それはさておき。
丸の内は銀杏の並木が色づいて、ビルを背景に、黄色い葉が日の光りに照らされて輝いていた。葉と黒い幹のコントラストも美しい。
St330172

ふと、東山魁夷の「行く秋」を思い出す。
08017kaii03


丸ビルのクリスマスツリー。
St330176

 最近読んだ『ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後』(秋尾沙戸子・著 新潮社)の、「GHQのクリスマス」の章に、こんな話があった。GHQは信教の自由と政教分離を謳って、国家神道を廃止させた。
--「神道指令」からわずか九日、この年一番立派なデコレーションは、マッカーサーのいた第一生命ビル正面玄関であった。
 (中略) しかしこうした動きは、GHQの公式宣言と実際の行為との矛盾を如実に現していた。クリスマスの飾りつけや讃美歌の斉唱や礼拝などの行事は、アメリカ社会におけるキリスト教と国家との親密な関係を堅持していたからである。
 GHQの CI E宗教課には当初、戸惑う日本側から多くの質問が出された。後にGHQではクリスマスは、「宗教的でなく季節的なものだ」と位置づけた。よって、釈迦の誕生日である四月八日に特別な花を使って学校を飾ることもできるし、新年の飾りとしてしめ縄を張ることも、民間の慣習とみなすほどに世俗化しているという見方を示したのである。こうしてe日本人の間ではクリスマスツリーは単なる季節の風物詩として刷り込まれていった。--

 そうか、そうやってクリスマスが根付き、商業主義的な色合いが濃くなっていったのか、と納得した。だが、当時はGHQ仕込みといえども、きれいなクリスマスデコレーションは復興の「希望の光」的な役割も果たしたのではないかと、丸ビルのクリスマスツリーを見ながら思う。日本人の多くがキリスト教を信仰したわけではないが、ある種宗教的なメッセージは感じたのではないかと。 (ちなみに『ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後』は素晴らしい労作だ。)
 丸ビルからお堀端沿いに歩けば、日比谷の第一生命ビルはすぐそこだ。

 この日はお堀沿いではなく、途中のオブジェをひやかしたり、三菱1号館の中庭(?)に立ち寄ったりしながら、高級ブランド街と化した仲通りをぶらぶら歩いた。
 すると、なんとまあ、江戸の丸の内界隈の古地図が展示してあるではありませんか! 「こんなところに古地図があったっけ?」と言いながら、みんなで覗いてあれやこれや。
 さすが丸の内だけあって、親藩というのか、「○○松平家」が多かったが、松平家にも格があって、葵の御紋が付いているところと、他の紋所の松平家がある。へぇ。
 これ、歴史に詳しい人ならおもしろいんだろうな。私は、へぇ、へえ、感心するわりには中途半端なのだが、今度古地図を探してみよう。

三菱1号館や古地図の写真を撮るのを忘れ、残念。また行ったときに……。

« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »