2014年11月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

Twitter

無料ブログはココログ

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月

上村松園/美人画の粋

山種美術館の『上村松園/美人画の粋』に行った。

 若い頃は食わず(観ず?)嫌いだった日本画も「いいなぁ」と思うようになってきたが、美人画はいまだに、ピンと来ない。でも松園の描く美人は「いいなぁ、綺麗だなあ」と思うんだよね。
 だから、じっくり観てみようと思って。

 
 松園の作品18点の他、並び称された鏑木清方はじめ、奥村土牛、小倉遊亀、伊東深水や、鈴木春信、喜多川歌麿の浮世絵の美人画も展示されていた。
 
 松園の作品を一度にこんなにたくさん観たのははじめて。じっくり見て、私は、構図や色遣い、表情はもちろん、この日本髪の描き方が好きなんだとわかった。生え際のぼかし具合や結った髪の流れがとっても自然。「髪の流れを出すために筆を入れました」って感じじゃない。日本髪って、ともするとペタっと平面的な印象になりがちなのに、この人のはちゃんと結った髪に見える。それによって、女性の表情が生きてくる。
 私にとっては発見だった。

「山種美術館の上村松園」というブックレットを買う。解説代わりに松園自身が語った話が載っていて親しみやすい。
 
 この展覧会の会期が7月26日に終わると、山種美術館は広尾に移転(10月1日オープン予定)するのだそうだ。春に「桜 さくら サクラ」を楽しませてもらっていたので千鳥ヶ淵の印象が強いが、千鳥ヶ淵も11年間と案外短い。
 帰りに、同じ沿いにあるイタリア文化会館で開催されていた「イタリア アンデルセン賞」という絵本のイベントを覗く。美術の専門学校か大学か、30人ぐらいの生徒が引率の先生とともに来ていた。絵本の世界もまた楽しい。知っている絵本もあって、親しんだ作品なのに「作者はイタリアの人だったのか!」と改めて思ったり。
  
 こうやって山種とイタリア文化会館とかけて寄れなくなるし、散歩が楽しめるこの界隈も好きなので残念だけれど、見るからに狭だから移転もしかたがないですね。新しい美術館に期待しましょう。

梅雨どきの花

 運動不足になりがちなので、井の頭公園の池の周りを散歩する。
池の周りを歩くと、約1.5キロだそうだ。
それでも、アチコチ外出する日やプールで水中ウォークするときの運動量に比べたら微々たるもの。いま考えると、通勤ってけっこうな運動になっていた。
現在は規則正しい外出がない。家から一歩も出ない日もあるから、気を付けなくちゃ。

Ajisai

 井の頭公園というと、桜のイメージが強いが、池のほとりのあじさいが綺麗だった。
桜に負けないぐらい、あじさいの名所かも。
しょっちゅう来ているのに、こんなにあじさいがあったなんて、はじめて気がついた。

 我が家の庭では、クチナシが咲き出した。
部屋に飾ったら、二輪だけなのに甘い匂いが広がった。
090622_153901

 

幸福のおすそわけ

 
かれこれ30年ぐらい通っているレストランで、誕生日を祝ってもらった。

St3300321

デザートのお皿に、五つ葉のクローバー。はじめてみました。
帰ってネットを検索してみたら、五つ葉は金運がよくなるのだとか。
ホント?

お誕生日は何回祝ってもいい。1年元気で過ごせましたってことだから。
焦っていることも多々あるけれど、歳を重ねるのっていいかも、と思う。

ラウル・デュフィ展 ~くり返す日々の喜び~

三鷹市美術ギャラリーで開催されている、『ラウル・デュフィ展 ~くり返す日々の喜び~』に行ってきた(6月28日まで)。
 「日本初公開となるロデヴ美術館所蔵、および個人コレクター所蔵の作品を中心に、13歳の頃の水彩画から心臓発作で亡くなる晩年の作品まで、デュフィの生涯にわたる作品約75点」とのことで、画家の一生を追っていく。


Photo_2
<競馬場のギュギュスト>(1890年)と<畑の祝祭>(1943年)を使った、綺麗なチケット。

 私が知っていたデュフィの作品は、<畑の祝祭>のような軽いタッチの楽しげなイメージ。音楽や競馬、水辺を題材にしたものも多い。でも、初期のタッチはずいぶんと違っていて、軽くも華やかでもなかった。マティスの影響を受けて、それからセザンヌのキュビズム、装飾美術を手がけ、後年の画風に変わっていく。その変遷が面白かった。

Photo_4
 若い頃の<自画像> (1904年)

 音楽に造詣が深い一家に生まれたが、貧しく、14才で社会に出て、翌年から美術学校の夜間クラスに学んだという。そうか、だから<五重奏>とか<オーケストラ>とか、音楽にちなんだ作品が多いのだな。苦労したからこそ、絵を描ける喜びというものを知っているのだな、と納得。後年、上流階級の遊びを描いたのも、なんとなく気持ちがわかる。”色の魔術師”はちょっと遊び人風だけど、明るい作風で心が和む。
 そうそう、思い出した。黄色や赤と比較しながら「青色は、どんな色調であっても青色だ」というようなことを、美術評論家のインタビューで答えたという解説があったのだ。この人のベースにあるのは、青なの? 黄色とか赤のイメージもあるんだけど。

 最後は<電気の精>(1953年)という10枚組のカラーリトグラフ。パリ万博の電気館に描かれ、現在はパリ市立近代博物館にある巨大壁画のリトグラフ版。ワット、オーム、キュリー夫妻、エジソン、モールス等々(順不同)、物理に弱い私にはどんな功績があったのかわからない偉人も数知れず、電気の歴史に出てくる学者たちが大集合し、いかに電気が人間の”希望の星”だったか!! 半世紀前のことだが、今はより一層、電気がない生活なんて考えられないし…。 
 シルクハットに燕尾服でカーニバルに行く時代と現在は、つながっていた。

国宝 阿修羅展

( 「Story of … カルティエ クリエイション~めぐり逢う美の記憶 」「平成館のバリアフリー」から続く)

 そして奈良・興福寺の、阿修羅展。他にもいろいろ展示してあるが、阿修羅と八部衆像が面白かった。

 昨年の薬師寺展と同じように、正面から眺めた後、阿修羅像の周りを一周して拝観できるのがミソ。こんなチャンスは一生に一度、たとえ奈良に行っても、後ろのお姿は拝めない。
 阿修羅って軍の神様で気性が激しいはずなのに、この静かな表情。横のお顔も決して厳しい表情ではない。きっとモデルになった美少年がいたに違いない。それにしても華奢だ。
 阿修羅像は興福寺に限らず、三面六臂のものがあるそうだが、だれが三面六臂を考えたのか。バランス的には異常に長く、肉付きがまったく感じられない腕。横からみると、正面の顔の耳が違和感があるのだが、それでも省略しないところもすごい。耳(聴くこと)は大事なのね。

 絶大な人気を集める阿修羅像で、この像だけが語られることが多いが、もともと八部衆像の中の一つ。今回他の八部衆も観られたのがよかった。といっても、二体は4月19日までの展示だったので、5体だったけれど。
 鳥の顔をした迦楼羅(かるら)。八部衆は異形で表されると説明されていたが、迦楼羅の他はみな人の顔を持っている。迦楼羅は、日本の天狗の祖先らしい。なるほど、「烏天狗」っていうし、天狗は鳥の系譜なのか。
 沙羯羅(さから)は一見童顔でかわいいのだけれど、頭に蛇を乗せている。だれか若者が「ピーターパンみたい!」と言っていたが、その発想はどこから? 頭の蛇がピーターパンの帽子に見えたの?
 
 6月2日で80万人、6月5日で88万人の入場者数と、記録を作っているようだ。私の周りも行った人が多い。
天平の昔からいままで残っていらっしゃることが奇跡みたいなものだ。平成の世にこんなに受け入れられるなんて、昔の人は思いも寄らなかっただろうね。

平成館のバリアフリー

(「Story of … カルティエ クリエイション~めぐり逢う美の記憶」から続く)

「国宝 阿修羅展」ついて書こうと思ったが、寄り道して、常々思っている平成館のバリアフリーの話を書こう。
 
 平成館は、エスカレータのすぐ前で特別展のチケットを確認し、エスカレータに乗って2階の展示室にいくようになっているが、バリアフリーの配慮としてはあんまり優しくない。エレベータを使いたい人は申し出ると案内してくれるのだが、エスカレータの乗り口でチケットを切っているので、車いすとかベビーカーとかエスカレータに乗れない人は申し出るだろうが、杖の人だと多少のリスクを感じていてもエスカレータに乗ってしまう。

 案内係はにこやかに「申し出てくだされば」と言うが、「申し出て」というのは案外クセモノだ。エレベータの位置が正面エントランスではわかりにくいので、エレベータという選択肢を浮かべにくい。杖ぐらいの不自由さの人だと、わざわざ自分からなにかを申し出るという習慣がない。別に案内カウンターもあるのだが、チケットを切る人のほうが目に入りやすく、そこに行くと目の前にあるエスカレータに”我慢して”乗ってしまう。目の前の誘導に逆らって何かを尋ねるのは、相手が思う以上に勇気の要ることだ。そこで質問したり引き返すと、後ろの人に迷惑になる、とも思う。

 本来は展示室の入り口でチケットを切るのがいいのだが、現在の設計では、2階のロビーが狭いので混雑に対応しきれない。また第一展示室、第二展示室の行き来が問題となるのだろう。エレベータを利用させると、輸送効率が悪かったり、優先マナーを巡るトラブルも予想される。
 いっそ玄関でチケットを切ってしまい、本館との通路にもチェックの人員を置くとか、なんとかならない?
 2階から降りるエレベータも表示はあるものの、ロッカーの奥に潜んでいて、「隠しエレベータか?」と思う。
 
 ホールでも地下鉄でも、2、3階分を貫くエスカレータが増えた。階段より楽だとは言え、この手のエスカレータは、バリアフリー(ユニバーサルデザイン)の盲点になりやすい。エスカレータの速度と同じ速度で乗り降りしなければならないので、ゆっくりとしか動けない人はそのタイミングがつかめない。そして、長いこと姿勢を保ちながらエスカレータに乗っているのは片麻痺や足腰が弱い人には辛い。階段は辛ければ途中で休めるのだが、エスカレータでは姿勢を保ち続けなくてはならない。大きな荷物を持った人が隣をガンガン歩いていくのも、あおられたり、荷物をぶつけられたりして、バランスを崩しそうだ。

 エスカレータ以外でも、”利用できなくはないが漠然と危険を感じている人”のニーズは、声になりにくい。そして高齢社会を迎え、いままでそんなに配慮しなくてもすんでいた、声になりにくいニーズ、声になりにくいリスクが増えている。
  

 エスカレータではないが、展示室入り口とフロアの上下移動の問題は、西洋美術館でもかつて見受けられた。
 西洋美術館の企画展示室は地下2階からはじまるが、地下1階でチケットを切って階段に誘導している。1階から降りる手段は階段とエレベータ。エレベータが地下1階止まりで、地下2階にいくためには乗り換える。
 2007年の『パルマ展』のとき、私が1階から階段を降りて行ったら、一歩一歩手すりと杖に掴まって降りているお婆さんがいた。「エレべータがありますよ」と教えてあげたかったが、半分ぐらいまで降りていたので、また上がっていくのでは同じことだ。
 階段のところで「パルマ展はこちらでーす」と係員が呼び込んでいたので、つい、お婆さんもつられちゃったのかもしれない。エレベータは階段の手前にあるのだが、表示が小さかったので見落としてしまったのだろう。階段の下り口にも、エレベータの案内表示があればいいのになと思った。

 その日私は忘れ物をして荷物を送ってもらったので、お礼のメールにこの件を書き添え、改善をお願いした。後日西洋美術館に行ったら、考えていたこととは違ったが、エレベータの前に大きく「エレベーター」の表示が出ていて、前よりもわかりやすくなっていた(私のメールがきっかけとなったのなら、1か月も経たないうちに対応してくれたことになる)。人的な誘導の仕方も気を配っていた。

 ちなみに西洋美術館の企画展示室は、地下1階でチケットを切っている。地下2階に降りる階段のすぐ手前に係員が立っていて、階段に誘導するようになっているが、エレベータで下りてきた人や階段が辛そうな人には、地下2階へのエレベータを案内しているようだ。

Story of … カルティエ クリエイション~めぐり逢う美の記憶  

 日曜の夕方ならそれほど混雑していないんじゃないかと予想して、友達と5月24日東京国立博物館に行った。お目当ては「国宝 阿修羅展」、それと「Story of … カルティエ クリエイション~めぐり逢う美の記憶」。

 まずは表慶館で、カルティエを観る。入り口は混雑していたので2階から巡りはじめたが、話題の「マハラジャ ネックレス」やグレース・ケリーのアクセサリーなど、メインの展示は2階だった。
一部の展示にビデオ解説があって、この技術が凄い。展示の奥に映像が出てくるのだけれど、ケースはガラス張りで反対側も見通せるのだ。横長の展示ケースの両側から観るのだが、反対側からは、こちら側の映像は見えないので、じゃまにならない。うーん、説明が下手だな。言っていること、わかってもらえるだろうか?
 ティアラに、ネックレスに、ブローチ…。ブローチって「襟元」を飾るものだと思っていたら、「胸元」なんですね。守備範囲が広かったのね、失礼しました。
 「マハラジャ ネックレス」の前では、「富」を考え、英国王室やグレース・ケリーの品々の前では、気品という言葉が浮かんでくる。 
 豪華な宝飾品の数々。キラキラまぶしいダイヤに圧倒されていると、後ろから「キラキラ酔いして来た」と若い女の子の声。言い得て妙。所詮、庶民はそんなものだ。
 
 平成館の前は行列ができていて30分待ちだという。キラキラ酔いもしたし、一息つきたいので、警備員さんに「あんみつ屋さんのところに行きたいのですが、入れますか」と尋ねると、「入り口で断ってくれれば大丈夫ですよ」と教えてくれる。一緒に行った友達は「えー、ずる賢い人なら、横入りできちゃいそう」とびっくりしていたが、ぼんやりしている私は言われてから、ああそうかと思った。もちろん私たちは、お休み処に行く。あんみつ屋さんというとぐっと庶民的なイメージだが、鶴屋吉信である。残念ながら、あんみつは、定休日前の夕方だったので売り切れ。つばらつばらという、どら焼きを上品にしたようなお菓子で一服しているうちに、平成館の行列がなくなっていた(「国宝 阿修羅展」につづく)。

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »