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原研哉デザイン展 本 友人、原田宗典がモノ書きだったおかげで。

 地域の交流施設で、文章講座の講師をしている。受講者は年配の方が4、5名という小さな講座だが、知的好奇心が旺盛な方ばかり。古典文学の教養は、素直に教えていただいている。

 ある日、豊﨑由美の、尾辻克彦(赤瀬川源平)の『ライカ同盟』の書評を紹介したところ、次の回に受講者のAさんが単行本を持ってきてくれた。
 「ぼくは、赤瀬川さんのものは好きでよく読んでいたんだけれど、この書評に『ディレッタントの視線と味わい深い現代の名文』だとあって、改めてなるほどなと思った」。 こういう感想を聞くと、講師冥利につきる。
 私が持っている『ライカ同盟』は文庫なので、単行本の装丁に感心した。それに、Aさんが新品同様に綺麗に読まれていることも。「帯(腰巻き)まで傷んでなくて、綺麗に読まれてますね」と言うと、みなさん口々に「だって帯だって、紹介者が推薦文を考一生懸命えて書いているのだから」。そうか。私は帯はよっぽどデザインに影響がない限り捨てちゃっているし、読むときはたいていカバーも外して読んでしまう。読みやすさ重視で、読み終わったらカバーを掛けるのだけれど…。
 みなさん、装丁についても一過言あるようだ。

 そんな話がはずんだ後で、紹介したのが、原研哉『デザインのデザイン』。おっ、話が繋がってよかったと、内心ちょっと嬉しくなった。
 原研哉はデザイナーで、本のデザインも数多く手掛けている。『デザインのデザイン』は私の愛読書だ。講座で紹介したのは、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』についての一節だが、私がもっとも感銘を受けたのは「あったかもしれない万博」の章だ。
「あったかも知れない万博」とは、愛知万博のはじめの計画で、森で開催される予定だった。自然と共存するサンプルを提示するはずが、「自然破壊だ」と世論が盛り上がり、計画が変更になった。その顛末を、当初のプロジェクトに参加していた立場から書いている。
 --しかしながら。このような挫折を経て僕はあらためて考えるのだが、仮にうまくいかない局面があったとしても、デザイナーとしての自分は意図の明確な、意志的な計画に関与したいと思う。「核反対」とか「戦争反対」というような何かを反対するメッセージをつくることには僕は興味がない。デザインは何かを計画している局面で機能するものであるからだ。環境の問題であれ、グローバリズムの弊害の問題であれ、どうすればそれが改善に向かうのか、一歩でもそれを好ましい方向に進めるためには何をどうすればよいのか。そういうポジティブで具体的な局面に、粘り強くデザインを機能させてみたいと考えている。--
 私はデザイナーではないし、非力だけれど、生き方としてとても共感する。
Harakenya

 ところで、『デザインのデザイン』をお年寄りたちに紹介したのは、ちょうど市内の吉祥寺美術館で「原研哉デザイン展 本 友人、原田宗典がモノ書きだったおかげで。」という展覧会が開催されていたからだ(3月1日まで)。
 ブックデザインに特化した展示。副題に作家・原田宗典の名前があるが、私が原のデザインに最初に出会った(意識した)のも原田の本だ。

 小さな展覧会だが、原の本に対する考え方がわかる、素敵な展示だった。原はデザイナーであり、思想家なのだと思う。デザインも素晴らしいが、言葉も雄弁だ。
 本をモノとしても好きな人なら、覗くと楽しいだろう。

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