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2009年2月

原研哉デザイン展 本 友人、原田宗典がモノ書きだったおかげで。

 地域の交流施設で、文章講座の講師をしている。受講者は年配の方が4、5名という小さな講座だが、知的好奇心が旺盛な方ばかり。古典文学の教養は、素直に教えていただいている。

 ある日、豊﨑由美の、尾辻克彦(赤瀬川源平)の『ライカ同盟』の書評を紹介したところ、次の回に受講者のAさんが単行本を持ってきてくれた。
 「ぼくは、赤瀬川さんのものは好きでよく読んでいたんだけれど、この書評に『ディレッタントの視線と味わい深い現代の名文』だとあって、改めてなるほどなと思った」。 こういう感想を聞くと、講師冥利につきる。
 私が持っている『ライカ同盟』は文庫なので、単行本の装丁に感心した。それに、Aさんが新品同様に綺麗に読まれていることも。「帯(腰巻き)まで傷んでなくて、綺麗に読まれてますね」と言うと、みなさん口々に「だって帯だって、紹介者が推薦文を考一生懸命えて書いているのだから」。そうか。私は帯はよっぽどデザインに影響がない限り捨てちゃっているし、読むときはたいていカバーも外して読んでしまう。読みやすさ重視で、読み終わったらカバーを掛けるのだけれど…。
 みなさん、装丁についても一過言あるようだ。

 そんな話がはずんだ後で、紹介したのが、原研哉『デザインのデザイン』。おっ、話が繋がってよかったと、内心ちょっと嬉しくなった。
 原研哉はデザイナーで、本のデザインも数多く手掛けている。『デザインのデザイン』は私の愛読書だ。講座で紹介したのは、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』についての一節だが、私がもっとも感銘を受けたのは「あったかもしれない万博」の章だ。
「あったかも知れない万博」とは、愛知万博のはじめの計画で、森で開催される予定だった。自然と共存するサンプルを提示するはずが、「自然破壊だ」と世論が盛り上がり、計画が変更になった。その顛末を、当初のプロジェクトに参加していた立場から書いている。
 --しかしながら。このような挫折を経て僕はあらためて考えるのだが、仮にうまくいかない局面があったとしても、デザイナーとしての自分は意図の明確な、意志的な計画に関与したいと思う。「核反対」とか「戦争反対」というような何かを反対するメッセージをつくることには僕は興味がない。デザインは何かを計画している局面で機能するものであるからだ。環境の問題であれ、グローバリズムの弊害の問題であれ、どうすればそれが改善に向かうのか、一歩でもそれを好ましい方向に進めるためには何をどうすればよいのか。そういうポジティブで具体的な局面に、粘り強くデザインを機能させてみたいと考えている。--
 私はデザイナーではないし、非力だけれど、生き方としてとても共感する。
Harakenya

 ところで、『デザインのデザイン』をお年寄りたちに紹介したのは、ちょうど市内の吉祥寺美術館で「原研哉デザイン展 本 友人、原田宗典がモノ書きだったおかげで。」という展覧会が開催されていたからだ(3月1日まで)。
 ブックデザインに特化した展示。副題に作家・原田宗典の名前があるが、私が原のデザインに最初に出会った(意識した)のも原田の本だ。

 小さな展覧会だが、原の本に対する考え方がわかる、素敵な展示だった。原はデザイナーであり、思想家なのだと思う。デザインも素晴らしいが、言葉も雄弁だ。
 本をモノとしても好きな人なら、覗くと楽しいだろう。

minobi

 美味しい食事をした後は、他人に自慢したいような、でもそのお店は秘密にしておきたいような…。
名前を挙げちゃうのがもったいないと思いつつ、書いてしまう。先日、minobiで青首鴨を食べた。一羽を二人で、胸とモモを満喫。

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 写真は、サラダ仕立てのモモのお皿(食べるのに夢中でなかなか写真が撮れない)。歯ごたえも味もしっかりとしていて、さすがジビエでした。
 今シーズンは鹿も食べた。ジビエ、日本でもすっかり定着しましたね。

  minobiは、「いまから行ってもいいですか?」なんて襲撃するぐらい、好きなお店。三田のオフィス街、慶応大学の正門近くにあるから週末が案外穴場なのだ。カウンターに座って、加藤シェフや、桜井クンがテキパキ働く姿を見ながらのんびり食べる、遅めのランチに味を締めてしまった。相棒はいつも姉。姉妹って、味覚がほぼ同じだから、いいのよね。

 以前は加藤シェフのことを密かに”ハニカミ王子”と呼んでいたのだけれど、シェフとはけっこうお喋りをするようになって、今は若手の桜井クンが「新・ハニカミ王子」。私たちはいつも桜井クンの前に座る。お客さんと近いカウンターは仕事がしにくいときもあるだろうけれど、二人ともいつも穏やかだ。
 そんなシェフの人柄が味に表れている。和の素材を使うのか上手で、この冬の大根のポタージュには驚いた。
たぶんこの人のブータンノワールなら、初めての人でも美味しく食べられると思う。
 支配人の長谷川さんは、リクエストをドンと受け止めてくれる。彼女のサーヴィスはフレンドリーかつ繊細。アットホームな小さなお店に紅一点だから、そういう役回りでもあるんだろうけれど、頼りがいのある、可愛い”おっかさん”です(私よりずっと若いのに、ゴメン!)。ワインはいうまでもなく、長谷川ソムリエセレクトのチーズも種類が豊富で好きなんだ。めずらしいものや、お店でウオッシュしたりハーブで加工したものなどがあって、チーズの頃はお腹いっぱいなのに迷う。
 
 デザートだっていつも迷っちゃうほど、美味しいんだよね、桜井クン!
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 お気に入りのブランマンジェ。外観もつややかで、舌触りもとってもなめらか。ほんのりとしたアーモンドの風味を楽しむためにはシンプルでいい。フルーツなんか飾らないところが大正解だと思う。

 minobiは、オーグー ドゥ ジュールグループのお店。最初は、日本橋のメルヴェイユに行った。メルヴェイユの支配人だった糸澤さんが異動したと聞いて、minobiにやってきた。行き届いた、でも肩の凝らないサーヴィスはグループに共通しているが、カウンター独特の寛ぎはminobiならではで、いつの間にかホームグランドのようになった。

 最近、フレンチを食べるならこのグループだ。もちろんオーグー ドゥ ジュールもメルヴェイユもそれぞれに好き。
春には新展開があるそうで、まだ行っていないグループ店にも是非行ってみたい。

リチャード三世

 先日観た『リチャード三世』、満を持して古田新太がグロスター公リチャード三世を演じるというから、期待も高まる。

 面白かった。60年代風のロンドン・ファッションや、倉庫の地下室のような舞台装置も。後半情報戦のようになるのも面白かったし、リッチモンド伯の演説はオバマ大統領を連想させ、ああこれも世代交代なのだなと思う。

 それから女優陣。いままで、リチャード三世に出てくる女たちは、性格がぼんやりとよくわからなかったのだけれど、今回は、呪いをまき散らす先の王妃マーガレット(銀粉蝶が絶好調!)、リチャードの母である故ヨーク公爵夫人(三田和代、落ち着いて威厳を保つ)、リチャードの兄の妻の王妃エリザベス(久世星佳、生命力があってカッコイイ!)、リチャードの妻アン(安田成美)が、それぞれ個性的。安田の舞台は初めて観たが、立ち姿も綺麗だし、発声もいいし、美しくはかないアンだった。

 古田のリチャードもいい。とってもいいんだけど、でも、リチャードの”悪”は、古田が生理的に持っている”悪”と違うんじゃないか、と思うのだ。古田の中に私は”甘えん坊”の情を見てしまうのだけれど、リチャードの”悪”はもっと乾ききってて、情があるとするなら”怨念”なのではないか。10年前に見たらどうだったろう、とも思う。『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』が記憶にある古田の洋物で、最近の舞台で観るのはほとんど和物の悪党。着流しの裾から覗く脚が色っぽいのだが、リチャードだともっと切れ味鋭いほうがいい。あるいは、古田の演技はいつも俯瞰的な視線を感じるのだが、リチャードは自己陶酔型の悪党なんじゃないかと思うのだ。
 こういうことを考えちゃうのは、同じ舞台に若松武史がいるからかもしれない。なんで若松がクラレンス公ジョージなんだろう。

 いや、私、古田新太のファンで、今回の舞台だってとっても楽しんだんだけれど…。
どうせだったら、もっと突き抜けてポップにするとか。王になったあとのことはなにも考えていない男なんだもの。リチャードは”国盗り”ゲームに熱中するゲーマーという解釈だって成り立つはず。
 
 赤坂ACTシアターははじめて。舞台両袖の、恐らく常設してあるモニター画面が、2階の奧の席からは小さくて残念。収容人数のわりに、ロビーというかホワイエや廊下が狭い。せっかく芝居を楽しみに来ているのだから、もう少しゆったりとした余裕がほしい。

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