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どん底

 シアタ-コクーン『どん底』(原作 マクシム・ゴーリキー/上演台本・演出ケラリーノ・サンドロヴィッチ 4月27日まで)を観た。
 去年のナイロン100℃の公演『犬は鎖につなぐべからず』は、岸田國士戯曲集。岸田は演出を手掛けた『どん底』の初日に亡くなったそうだが、明るい『どん底』を目指していたそうで、KERAはその影響を受けているという。
 人間関係が描かれているポップな『どん底』。

 舞台は、どん底の暮らしをしている人間が集まる木賃宿。イカサマ賭博師サーチン(大森博史)、錠前屋クレーシチ(大鷹明良)と、瀕死の床についている妻アンナ(池谷のぶえ)。恋愛小説を読みふける娼婦ナースチャ(松永玲子)、と男爵と名乗る男(三上市朗)。なぜか陽気な帽子屋(マギー)。アル中の元役者(山崎一)、靴屋(富川一人)に万頭売りの女(犬山イヌコ)。腐った万頭を売られたとイチャモンを付けに来たのがきっかけで、ここに出入りするようになった兄と呼ばれる男(あさひ7オユキ)と弟と呼ばれる男(黒田大輔)。この宿には泥棒(江口洋介)まで寝泊まりしているが、巡査(皆川猿時)も度々顔を出す。この巡査、大家の妻とその妹のオジにして、万頭屋に惚れている。大家(若松武史)が強突張りだと言ったところで、彼の生活も木賃宿よりはマシな程度。おまけに妻のワシリーサ(荻野目慶子)は泥棒ペペールと恋仲で、ところがペペールはワシリーサに飽きてきて、彼女の妹のナターシャ(緒川たまき)に鞍替えしたいと思案中。
 と、なかなか複雑な人間関係が展開中の木賃宿に、ある日巡礼の老人ルカー(段田安則)がやってくる。彼が宿の客になったことで空気が変わる。彼を、希望の使者とみるか、疫病神と捉えるかは難しいところなのだが、それでも老人はこの宿の一員として生活を共にするのだ。

 KERAはこの人間関係の輪の中に入らない衛生局を名乗る男セルゲイ(大河内浩)という登場人物を創った。衛生局を名乗る男は老人と違い、まったくの闖入者。「世間」なんだろう。マスコミ批判、とも、とれなくもない。
 というか、マスコミ批判だろう、これは。
 一人ひとりにスポットを当てるとお涙頂戴になるが、関係性を重視したことによって、世の中が見えてくる。大枠としての関係性と、セルゲイ。--削るべき要素はすぐにわかったんです。ゴーリキーが当時、社会運動としてこの作品を書いた主義主張、台詞がそのまま社会に対する告発になっている部分です。--とパンフレットにあるが、なんのなんの、いまの世の中をもっとクールに批判するおもしろい仕掛けを創った。

 段田、若松、犬山、などなど、いまさら誉めるのがかえって失礼な芸達者な役者が揃っている中、マギーがいい雰囲気を醸し出していた。いままでそんなふうに思って観ていなかったので、今後注目。緒川のナターシャは脚が綺麗、これで彼女のその後の運命が察せられるほど。小柄なワシリーサだが、荻野目は貫禄十分。
 時々自動が音楽に参加している。最後の合奏&合唱は出演者全員。段田のフルートは初めて観た(聞いた)。パーカッションの若松サン、乗ってましたネ。

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