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モーリス・ユトリロ展-モンマルトルの詩情-

  三鷹市美術ギャラリーで行われてる『モーリス・ユトリロ展 -モンマルトルの詩情-』(7月8日まで)に行ってきた。

 絵を鑑賞するとき、その人が持つ”物語”が語られてしまう画家がいる。たとえば、このユトリロ。
 --私生児としての生い立ち。母への慕情。年期からアルコールに溺れ、アルコール依存症の治療のために、絵を描き始める。その絵の人気が高く売れるとわかると、母や義父から描くことを強いられ、本人も酒代のために筆をとる。アルコール依存症のために入退院を繰り返し、数々の奇行から刑罰を受けるが、最晩年にはパリ名誉市民を受賞した。--というあまりに有名な彼の淋しい物語が、予備知識となるのか、先入観となるのか、微妙。

 ユトリロの作品が約80点。ほとんどが風景画だ。しかも建物。風景の中にも人物は少なく、描かれていても顔(表情)がない。人物は下手だなあと思う。ルソーのように人物への愛情が籠もっている下手ではなくて、どちらかというとおざなりに描いたという感じ。というか、人物は描けないんだよね。治療のために部屋で描き始めたのだから。風景だって、写真(ポストカード)を観ながら描いたんだし。今回の展示では、何点か、元になったポストカードが絵と並べて展示されていた。

 評価の高い「白の時代」は、案外短い。

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『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』1920年

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『モンマルトルのラパン・アジル』1933年

 二点とも「色の時代」の作品。「白の時代」から繰り返し、繰り返し描かれてきた風景だが、その風景が好きとか、「白の時代」とは視点を変えて、というより、これしか描けないんだろう。それとも、人気がある風景を選んだのか…。

 後年の作品を観ていたら、昔、絵を描いていた知り合いが呟いた「売る絵はつまらん」という言葉を思い出した。でも、そこにユトリロの本音があるようで、たしかに「白の時代」の作品は素晴らしいが、後年の作品のほうが人間臭い気がした。

 愛好家にはたまらないのだろうけれど、これでもかこれでもかと建物がならんでいる展覧会は、ちょっと息苦しかった。本物に接した高揚感はあるものの、ユトリロの絵は、一点だけ、あるいは二、三点、レストランとかカフェで(どこかのお屋敷でもいいけど)観てみたい絵だ。

 会場の三鷹市美術ギャラリーが狭く、天井が低いのも、息苦しさを感じる原因だろう。大きめの作品は離れて鑑賞したいのに、うまい具合に距離がとれない。会場警備の人たちが鑑賞の邪魔になる(彼らも居場所がなくてかわいそう)。後半の幾つかは、展示パネルのつなぎ目や扉の敷居が作品に重なって目障りだ。狭いとはいえもうちょっと配慮してほしかった。わりと好きな美術館なのだが、今回は無理があったんじゃないだろうか。


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